過ぎし日シュトゥットガルトの思ひ出。その2 | しるしぶみ ~ほんとうのルードヴィッヒ・デッペ、その解剖~

しるしぶみ ~ほんとうのルードヴィッヒ・デッペ、その解剖~

欧州国留学から今に至るまでの長い 茨道のしるしぶみ。
道先に立っていたのは、
ドイツ人デッペとカラントだった。
私の中で形成されてきたものが彼らのそれと重なっていた。
その人達の顔を知らずして、
図らずしも 私の手は、羽根 になっていた。

その1 の続き

 

さて…明け渡しまでに

次の部屋を探さねばならない。

 

学生寮状態になっている定番アパートも

大学近くにあるのだが、空きが無い。 

 

掲示板に出したり、大学生の部屋探しサイトを介したり、

広告を探し廻ったり、 あらゆる手段は当たってみたのだが、

これが全く決まらない=見付からない。 

 

私のように入居希望で応募してくる数々の学生の中から、 

大家さんもしくは先住人が、入居者/同居者を厳選する。

 

結果、じぇんじぇん選んでもらえないのだ。涙

何回落選したっけな。

 

自分が外国人である事の再認識。

でもチームアジアの中では、日本人はまだ良い方だ

と聞いた事がある。

韓国や中国の子は、現実もっと大変だと。


 

ドイツでの部屋を借りる運のなさに、落胆していた時、 

5人のWG(ルームシェア)の部屋の情報のメモが、 

大学の掲示板に新しく貼られているのを見つけた。 

 

しかもリノベーションして新規の住居人募集。 

 

大家さんが音大に貼っていったということは、

音大の学生であることを 承知だという意味でもある。

 

速攻電話で問合せし、内覧を即日希望した。 

 

5つの部屋のWG(ルームシェア)=トイレ・バス・リビングは共有 

との情報だったが、

行ってみると当部屋は明らかに他の部屋よりめちゃ狭い。 

 

あとから分かったことだが、 

その部屋は、いわゆる納戸として作られたスペースだったのだと思う。 

 

布団からムクッと起きたら、

そのまま四方全ての物に手が届くというイメージでOK.笑 

 

しかしながら、

即決してくれたら今日入居契約できるという大家さんの申し出に、 

日本人でない4人との同居は未知だったが、私は入居を決意した。 

 

大学の友人らに引っ越しを手伝ってもらい、 

狭~っい極小部屋の隅っこ暮らしが始まった。 

 

 

私が経験した外国のルームシェアは、

男女混ざってもなんら問題は起きない。 

 

ドイツ人も居れば、

ハーフやクオーターも居るし、ジェンダーレスも居る。 

 

みんなそれぞれ独立した行動をし、

部屋のルールを守る以外、干渉しない。 

 

国の記念日が来れば、その季節を感じて一緒にパーティもするが、 

何日も顔を会わせずに過ぎることもある。 

 

同居人4人は、優しい子たちばかりだった。 

干渉しないと言っても

本当に助けが必要な時は、お互い率先して助け合うし、 

私の不完全なドイツ語でも両手ひろげて聞いては、頼らせてくれた。 

 

シュトゥットの修士は、レポート課題の提出が大変だったのだが、 

私の提出物は、マイルームメイト監修と言っても正直過言ではない。笑 

 

ルームメイトにはトコトン恵まれていたのかも、と振り返る。

 

 

ピアノは、一番安いアップライトピアノを

町のピアノ屋さんからレンタルし、 

無理矢理 部屋に入れたのだが(顔の横にピアノの脚状態) 

 

ルール内としても

周りに迷惑を掛けることが一番良くないことなので、

結局ほとんど使わなかった。

 

大学が24時間練習可能だったので、

その点は心配無く過ごすことができた。 

 

 

シュトゥットの記憶は、若干時系列が乱れてしまっているのだが、 

その中、ハロウィンのことは懐かしく印象深い。 

 

びっくりメイクで仮装した近所のドイツ人の子供たちが、 

ちょうちん「ランタン」を片手に、

本当に突然ピンポーンと家にやって来たのだ。 

 

確か日本から持って行ってた駄菓子をいくつかあげたと思うのだが、 

あの子たちのお口に合ったかしら。。。 

(その時はハロウィン🎃と思い込んだが、今思い返すと

もしかしたら11月のザンクトマルティンの日だったかも?)

 

可愛かったな。。。☺︎