3年ほど前に現住所に引っ越すことが決まって、マンションのトランクルームから出してきた200台以上のミニカーを断捨離しました。
実は合計で何台あったかも把握しておらず、そのうちの半数近くをみんカラの友人に引き取ってもらいました。
車の部品や工具、大量のプラモデルなども一緒に引きっとってもらったので、ミニカーを何台引き取ってもらったかも把握していません(^^;;
そんな中で断捨離できなかった1台。
ベネトンB118。
1988年向けに制作されたF1マシンで1988年と89年の前半に使われました。
1987年からこのカラーデザインのB187を走らせ、1988年にはこのB188にアップグレードされました。
個人的には1987、88年、89年の3年連続で鈴鹿でF1を観戦しており、鈴鹿F1開始、フジTVでの地上波放送開始の1987年からF1にハマった私には本当に懐かしい車体とカラーリングです。
当時1980年代後半は、ウイリアムスホンダ、マクラーレンホンダ、ロータスホンダなどのターボ勢に次いでコンストラクターでも3位、4位、5位と上位を獲得していました。
1988年は、ティエリー・ブーッェンとアレキサンドロ・ナニーニ、89年前半は、ナニーニとジョニー・ハーバートがドライブをしました。
1980年代後半、愛読していた雑誌ベストカーでベネトンでメカニックをしていた津川哲夫さんの連載を読んでいました。
当然単行本が出たので購入しました。
現役でF1メカニックをして海外を転戦している生活の描写が興味深かったのです。
私が日本を去った1990年の夏ごろまでに出版された2冊は購入しましたが、その後、1990年代前半までに2巻出版されていたようです。
津川さんの本によると27歳で会社員をやめて、F1メカニックになりたかったので知り合いもいない英国に引っ越した。英語もわからなかったので英語学校に通い、最終的にF1チームのメカニックになったそうです。
1976年にFISCOでF1を観戦し、翌年会社を辞めて27歳で単身知り合いもいない英国に移住し、英語学校で英語を勉強しながら9か月間バイトして生活費を稼ぎ(本当かな?)、翌年、何のコネもなかったサーティースでF1メカニックになり、1990年までの14年間現役のF1メカニックとして活躍された方でした。
就職して3年勤めた会社を辞めて、27歳で単身何の伝手(つて)もない英国に移住した、その点が強く印象に残りました。
学生時代に読んだ、沢木耕太郎の「深夜特急」。沢木氏は27歳の時に仕事を一時中断して、アジア、香港からヨーロッパまでのバス旅行に出かけました。
「30歳になったらもう何もできなくなる。思い切ったことをするには27歳の今しかない。」という決断だったそうです。
私は津川氏の本を読んだ2年後以内に3年間勤めた会社を辞め、偶然同じ27歳で何の伝手もない英国に留学に出かけました。
そしてその1年後には、当時、イギリスで中嶋悟氏の下でレースをしていた日本人レーサーと友人になり、のちのF1レーサーになる中野信治氏が使っていた茶碗や汁椀、お箸を譲り受けてそれらを英国の自宅で3年間使っていたのです。
人間の運命と言うのは不思議なものです。
自分で動き出したら動いただけ変化を起こすことができた、今思い返してみると自分の体験ですが嘘のような不思議な経験でした。
津川哲夫氏の本や、この辺りの件については長くなりましたので、追って別の機会に・・

































































































