我々の多くはそれを知らずに言葉を手の様に使っている。言語は人間の精神とこころの外延である。将に言葉を手の様に使う事で、精神の塑像を刻むのである。私と同様に多くの言語学者は言葉の本質を求めて呻吟したが、なかなか手応えのある解に到達した事は稀である。それは問いかけの問い自体に問題が無かったか?物事を究めるのには、初めになにを究極の答えとして求めるかに掛かっている。問いが在り来りの物で在ったり、またそれが誤謬が在ったり、真理に肉薄する問いで無ければ答えも十分なものにはなり得ないのは自明のことである。精神の現象学は言語の現象学でもある。精神という言葉の本質はまだ定義出来ていない曖昧な言葉である。私は言葉の未だ開かれて居ない未開の道を辿ろうと思う。それは答えよりも以前に本質的に問う事に在る。問う事が強力ならばその問いの半分は答えに近い所に居る。以前にも書いたが、言葉と論理は同じ根を持つ大樹の枝である。ただ抽象化の程度が異なるだけなのだ。

五年前に書いたメモを記事にしてみます。

 

問いー1「音はいつどの様にして意味に変わるか」

 

この問いに答える為にまず要点を分ける。

「音」聴覚を通じて得られる空気の振動であり、聴覚は其れを音(種々の)として把握する。これが先ず初めにある。

次に意味とは何かに付いて定義する。意味とは、斯く斯くの語の関連性である。またその内容の関連性である。

 

この問題は古代から議論されて来た問いであり、:現代でも基本的な部分は解明されていない。

この問題に聴覚機構のスイッチングハブを書き脳神経系の自然アンテナと遊星サイクルを関連させた角田博士の業績は、その実験が地味であるために理解する人は少ない。彼はその中で日本語の特異性に付いて論じた為に、外国の研究者からだいぶ虐められたそうらしい。外国人特に白人は自分達が最高の存在だと妄信している為に、日本人の優位性に我慢が出来ないらしい。脳神経系に於ける聴覚の解明の糸口を切った彼は、「日本人の脳」という著作を書き、その中で実験的事実の基づいた日本語の特異性に付いて論じた。それに因ると日本語は母音の使い方で、世界のあらゆる言語とは異なる部分を持っている事を確かめた。聴覚に関するスイッチング機構が形成されるのは生れてから9歳までの言語環境に因ることを発見した。日本人の脳は日本語によって形成されていたのである。

 

私は田舎の小学校の四年生の頃、クラス全員でローマ字を習った。AからZまでの発音を、私の好きだった優しい内田モト先生が教えてくれた。私はモト先生が仰ることを熱心に聴いた。そして発音を一通り覚えると、今度は皆がアルファベットで作文をさせられた。日本語で喋る様にローマ字を並べる事が難しかった。横の友達の作文を見ると発音をローマ字に転写するのに苦労している。なんでこんな文字を習うのか?とガキ大将が言った。中学に成ると英語を習うから、今の内にアルファベットの発音を習って置くらしいぞ、と言うと、俺は外国へなんか行かないぞ!と怒っていた。まあ外国に行かなくても、英語の本が沢山あるから、習っとけば読めるじゃないか、面白れえものも有るかもな。

 

哲ちゃんな、昨日、駄菓子屋のテレビでララミー牧場を見てゐただろう。あれ外人が日本語をしゃべって居るよね。でも本物は英語を喋っている筈だ。あいつらのことばは可笑しな言葉だぞ、あんな変なことばと俺たちの日本語では話は出来ないな、第一意味が通じない。 あんな変な言葉で物を考える事が出来るのかな?と、哲男が言う。俺も最初はそう思ってゐたんだ。いったい意味が通じるって、どういう事なんだろう?。

 

こんな会話が大昔に有った。それは言葉に不思議を感じる少年の問いの最初の疑問である。日本語だけの環境の中で生きて居れば、意味の齟齬や通信媒体の不能性は起らない。だが、聴いた事も無い言葉が侵入して来た為に、言語の差異が認識され始めた。子供が外国語に振れた時、不思議に思う事は外国語はどの様に出来たのだろうという疑問と其れに対する日本語の存在である。19世紀の言語学者によって西洋人の言葉の系統が次第に明らかにされたものでインドに始まる系統だという事だが、大陸の言葉とは異なりの本後については、系統は明らかに成ってゐない。日本語は日本列島で形成された物であろうというのが、私の見解であり言語を追求して得た感覚的結論である。ただ、それをどうして証明するかという事はかなり難しい問題だ。だが方法としては幾つかある、遡れる限りの日本語の源泉を訪ねる事だ。文字ははるか後に出来た。声帯を使い発した言葉の起源は200万年は超えている。その様な経緯からすると文字は実に最近に出来た物に他ならない。発音が何を起源とするか、音素と母音の多様から日本語は人類史の言語でも極めて古い言葉と言えよう。人類最古の言語ならばそれは或る意味で貴重な側面を持つだろう。明治以来外国に被れた者たちが言うには、日本語には論理性が無いのだという、それは英仏の言語に較べてと言う意味なのであろうが、論理性の無い言語などあり様がないのである。日本語に論理性が無いと言うのは、印欧語に較べてなのだろう。だが彼らは、その近視眼に恥じるべきだ。日本語は通じれば好いという直截的な言葉ではない。日本語は切磋琢磨して出来た繊細な言語なのである。

 だいぶ以前にgooブログで、絵巻物から漫画への変遷と題して記事を書いた気がします。其れから、だいぶ時が過ぎた観がありますので、もう一度漫画に付いて述べて見ます。文化的遺産として日本には多くの絵巻物、絵草子、年中行事絵巻、等々多々存在します。私はそれを見るのが好きで、図書館などで出して頂き、日に明かさず眺めるのが好きです。更に3倍くらいのルーペ拡大鏡を持って行き、それで細かい所を観察します。すると肉眼で見てゐた時よりも、ズーッ詳しく状況を理解し作者の意図を感じる事が出来ます。とても面白い物です。まあ、よくこんなに繊細に美しい細密画が描けたものだと感心します。これを見ると私は自惚れではない日本人の技法の素晴らしさ、感受性の豊かさを感じ、日本人に生まれて良かったと心から思います。

 

私の家では真宗の宗派を信仰して居ます、親鸞さんですね。仏壇に繰込み位牌が収めてあり、それを見ると私以前の先祖の戒名と没年と年齢が書いて有ります。残念ながら江戸時代後期までしか辿れません。私より6代前の人物である平吉は、没年とその年齢から計算すると、文化3(1803年)年の生まれである事が分かります。平吉はどんな人物であったのでしょう?、また妻のキクは、どんな女であったのでしょう。一緒にご飯を食べ、酒でも交わしたかったと思います。これは記録にある私の血の中に在る先祖です。それ以前は位牌が残されて居ないので解りません。旦那寺で過去帳を調べて貰いましたが、ハッキリとしないのです。当然のことですが、血統が途切れれば此処に私は存在しません。私が存在するという事は、江戸時代は居ろか、室町、鎌倉、平安と、更には縄文時代まで、或いは旧石器時代まで遡れて当残です。或いはもっと古く最初の日本人にまで繋がるでしょう。

 

さて、絵巻物ですが、これは物語や伝承の情景を描いた物です。平治物語絵巻などは武士の戦闘が描かれて居ます。牛車や馬、などが雑兵などと共に書かれて居て臨場感が溢れる絵巻です。私は年中行事絵巻や職人絵巻が特に好きです。其処には人々が、一生懸命に何かを作っている仕草が描かれていて、日本の物作りの伝統は、この辺にまで起源があると得心できます。日本各地には昔話と言い伝えがあります。これを絵巻物で表現すると、やがて漫画に近いものが生まれて来ると考えて居ます。

 

私は現在の漫画は、直近ではたぶん紙芝居から生まれたと想像して居ます。紙芝居を皆さんは御存知でしょうか?。或るストーリーの場面場面を絵に描いて、飴を売りながら、買った子達におじさんの話術でお話が始まります。長くて20分くらい、短くて15分くらいのお話に、額の中に入った絵をめくって行きます。上手なおじさんのお話は、子供たちは息を吞んで聴き入って居ます。お化けのお話、怖いお話、面白いお話、不思議なお話、冒険談、ヒーローの活躍話、色々有りました。そして芝居の絵も大切です。それは、後の漫画で活躍する人たちも、紙芝居の絵を描いて居たという事でした。

 

子供の頃に見た漫画と言う物は、子供が大人に成っても忘れない物です。此処に挙げれば数限りない漫画物が挙げられます。自分は戦後生まれですので、漫画が隆盛に成る1950年代以降から描かれた漫画は結構覚えています。漫画の人気作家も結構いましたね。代表格は手塚治虫でした。手塚も昆虫少年だったようです。大阪医専の卒業で医院も開業できたのでしょうが、自分の好きな漫画の道を選びました。今でこそ売れっ子の漫画家は、クリニック医院の収入を遥かに越しますが、手塚の時代にはそうでは有りませんでした。ですからキット家族には反対された事と思います。もっと地道な職を選べ、と散々言われたに違いありません。然し彼は好きな道に入る事を選択した。それは正解でした、医者は幾らでも居るが、漫画のエースは手塚しか居ない。手塚の漫画は日本漫画史では古典の部類です。古典的と言う言い方は誉めすぎかも知れないが、それでも現在の漫画の源流の一つである事には違いない。手塚の漫画を全部は読んで居ないが、ブラックジャックなど代表作の幾つかは見てゐます。手塚の漫画のストーリーは二つあります。英雄譚と科学性、ですかね。画絵の性質も手塚らしい画ですね。手塚よりもモット上手い人も居ます。これは個性ですから誰が一番とかは云い難い。

 

そして印象的なのは、手塚を頼って全国から漫画家の卵が集まって来た事です。伝説として伝えられる「ときわ壮」、などには、漫画史に名を遺す方が多く住んで居た。そこで切磋琢磨が行われたという。当時は、漫画は教育ママからはダメとして糾弾されて居た。受験勉強に精を出すのが好い子なのだという事でした。其れは本当か?と当時は思ったが、現在ではどうなのだろう?、最早、親自体が漫画の愛好者という構図です。漫画のジャンルも多様に成って来た。私の子供の頃は、天才バカボン、おそ松くん、などの赤塚不二夫や、紫電改の鷹、あしたのジョーなどの千葉哲也、楳図かずお等のホラー漫画、もう漫画を卒業する頃になつて現れた天才、藤子不二雄、子供が読んで居た漫画を少し見てみた、「藤子不二雄傑作選」である、驚いた!、ギャグでもないヒーロー英雄譚でもない、分子生物学などの、現代の科学を下敷きにしたスリラー漫画で、面白い短編がそこに有った。う~ん、このレベルはすごいぞと思った。大人が読んでも面白い。藤本弘は、もっと長生きして欲しかった作家です。余りに制作に励み過ぎて健康を害した。その時思いましたね、本当に質の高い漫画は、並の小説を凌ぐ力があると。短編でも登場人物のこころを表現する事で、非常に高い情緒を醸し出す事も出来る。

 

「百聞は一見に如かず」の言葉の通り、巷の解説書を読んでも実体を見る方が一瞬で解かる。視覚を通す事で言いたい雰囲気を絵が現す、それには絵が人物の心理状態を表現している必要がある。矢張り漫画家は画が上手で無ければ、ダメだ、特に心理描写が優れている必要がある。また、絵の中の人物の「吹き出し」も大事だ。簡潔な言葉で臨場感を盛り上げるし、情緒を醸し出す事さえできる。優れた漫画家は、みなそう云う才能を持っている。まあ人に依って好きな漫画家とジャンルもあるだろう。宮沢作品をネコが主人公で描いた漫画は、子供にも結構人気があった。漫画ですが好く描けていると感じました。もう教育ママも子供に漫画を禁止しないだろうね。だって大人が漫画を読んでいる。でも、幾ら何でも漫画しか読まないのは誉められたものでは無いだろう、やはり大人は優れた文章を読む必要がある。過去の作家のなかでぜひとも読むと好い作家が10人上げろと言われたら、あなたは、誰を推奨するだろう。ひと各自、推奨の作家は異なるでしょう。是非あなたも10人の作家を挙げて頂きたいです。

脳神経系生物物理の中で、 「言語学の課題として関連する解り易い問題群を挙げてみょう」

1、子供の言葉の習得過程の解明と、それに対応する脳神経系の対応の関係を突き詰める。言葉の習得に関しては多くの材料が存在する。神経系細胞の成長に伴う構造の変化、これ等は純粋に神経系の物理化学的な変化の詳細な把握を必要とする。

 

2,脳神経系の顕微鏡的組織構造を追って居るだけでは永遠に解明できないだろう。確かに、それも必要であるが、だがそれは根本的な部分では無いのだ。本質的な部分は顕微鏡的な構造は、如何なる力と未知の構成力で形成されたかと言う部分である。現在、トンボの羽とモミジの種子の羽の相似性を納得できる理論的に説明できる文献は無いのだ。勿論の事だが組織構造的な認識は必要であるが、それは知るという現象の本質的な部分ではない。

 

3、思考に使う内語の形成過程が母語の習得とどう一致対応するのか。母語という道具は、睡眠中の脳内  記憶の中で自律的に解釈運動を展開している。それが理解と創造性の本質をだろう。解り易く謂えば夢の中で使う言葉が内語だと言っても間違いではない。思考と言うものは脳の自動性の深い部分で起きているのであって、表層の自我の部分で起きて居るのではない。我々は言葉を使う事に因って、自我のレベルで思考判断が起きていると誤解している。物事を捉える真の感覚は言葉のレベルよりも下で起きている。

 

4、左脳と右脳、という現象、なぜ二つの脳が存在するか。脳神経系の構造と論理を解く最初のカギは、数理論理学である。次の鍵は電磁気学である。

 言語能力の普遍性は、言葉の普遍性に繋がるが、人の使うコトバは、記録されて居るだけでも地球上には、優に5000の言語があるという。なぜ、この様な多様な言葉の体系が有るのだろう。それは多種多様な生活条件が齎しているものです。人間の文明がこの地上に現れてから、其処には必ず通信手段としての言葉が有った。人は猿や蜜蜂と同じく集団で生活する動物であるから、集団で生きる生物には、必ず通信の為のコトバが有る。それは誰しも認める事柄です。更にそれをもっと進めると、生き物には言葉が有るが、特に人間の言葉の発生には、本来、何らかの原則原理が存在するのではないかと言う考えに達する。これを認めると、古くからの謎であった、言語起源論と普遍言語のテーマに入る事になる。コトバは通信の手段であるが、コトバの発信元は、意識と言う存在であり、根本は、我々が心と呼んでいる存在であり、その心は、脳神経系の生化学的現象と無縁ではない。言語学はそれだけの範疇では収まらない。言語学はモット大きな文明論の一部である。其処には生物としての人間の生態学、行動、想像、人間と言うこの種が、自分達をどう認識し、地球に住む生物の種の一つとして、この地球上にどの様な暮らし方をすれば良いかが、現在に於いては解らずにいる。人間は大自然の条件の下で生きていて、その為には超えてはいけない一線がある。調和と言う概念が大切に成る。それは日本の縄文期に生きて居た考え方である。若しも、その一線を越えて大自然の破壊が続くのならば、人は多分、何百年を経ず滅ぶであろう。自然破壊は其処まで来ている。

 

言語起源論の考えは相当古く、想像力をもって思考する際には、この言葉の発生と進化は、洋の東西に係わらず潜在した問題意識である。日本では古い「言葉の探求論」と言えば、弘法大師空海の真言哲学と言語哲学が挙げられる、彼の開いた宗派である真言宗は、まさに宗派の名前として言語の考察を標語としている。彼が書いた論書や随筆・書簡など、多様な論文や教典の中には、思考と言語の関係や、また言葉の意味論と呪語との関係、言葉の起源に付いてなどの考察がある。それは日本於ける言葉探求の嚆矢であろう。今現在でも空海の言語に関する洞察は咀嚼しなければ為らぬものです。たぶん空海の哲学の基層は仏教以前の修験に在るだろうと感じます、神道に発する修験道である。すなわち修験は神道に結び付いている。空海以前にも以後にも言葉を探求し展開した者は居る事でしょうが、殆ど資料は残って居ない。日本では言語起源論までは行かないが、それに近い考察が一般に出て来たのは、江戸時代も中期に成ってからである。

 

海外貿易の唯一の港であった長崎の、オランダ通詞(通訳者)の存在である。彼の母語は日本語であるが、阿蘭陀語を巧みに使う様に成ると、当然の事ながら、彼我の言葉の違い、意味の存在、語順の異質性に付いて感じ、何故なのかと考えた事であろう。仕事柄ら言葉の起源に付いて、何らかの自問をもったはず。本来、母語とは幼少期から接した内的思考(内語)に使う言葉である。内語は思考の順序を解くもので、如何に習得語を巧みに身に付けたとしても、本来は思考語としては母語である。母語は基本的に思考の骨格を形作っているのです。それは外の世界の認識にも強く影響します。語順は思考や感じ方を決定するのです。日本語はとても融和的な言葉です、相手に対する配慮に富んだ優しい言葉です。もちろん荒ぶる言葉も有りますが、基本的にはそれは特別な場合でしか有りません。基本的には日本の於いては言葉は融和的であり西洋の様に闘争的では有りません。

 

次に西洋側の言語起源論について見ると、18世紀の半ばから後半にかけての何冊かの著作が思い出される。ごく初期の人物名で挙げればFranceのルソーの言語起源論がある。更にはGermanyのヘルダーの言語起源論がある。この二著作には、人的な言語習得に関する考察は散見されるが、本来の人間の言語の奥底に在る「思考の本質」までは探究して居ません。根元を抽出していないが、周到に問題意識は提出しているのは確かです。この時代は、未だそれ以降の本格的な言語学の研究時代には入って居ないのです。西洋で言語学が盛んに成るのは、19世紀も後半に成ってからの事で、主に成るのは20世紀に入ってからです。Swissのフェルデナン・ド・ソシュール、などが、言葉の使用に関する奥底に、鋭敏な言語の本質を探究し抽出している。極めて魅力的な詩人たちも、盛んに言葉のいわゆる謎に関するエッセイを書いている。だが詩人たちは、言葉が何故・如何にして言うべき時に言うべき言葉が出て来るか、についてゐは何も語ってはゐないし、それは仕方のない事です。創文と言う言語の本来の迷宮は、其処にこそ在るのだと私はいつも想ってゐます。私も詩をつくるから、そこが謎なのは容易に解る。言葉の探求には、幾つかの問いがある。その問いを中心として円環状に、更に問題群を解決して行かねば為らないでしょう。

 

根本的な問いとして「普遍言語とは」何を意味して居るのでしょうか?。現在この地球上には人間の言語が、その程度の差こそあれ、約6000ほども在るという。これ等の言葉の媒体は、皆な声帯を震わす音声言語です。音声言語は文化と同じで多種多様なものです。人間の手段ごとに、コトバは有り、世代ごとに、コトバは少しずつ変化して行きます。コトバは常に日常生活と共に有り、現に使用されている訳ですから必ず話し言葉は変化します。この変化率は、何事が無くとも時間的に変化する。名詞は常に変化し易く、形容詞も変化し易い、変化しずらいものに動詞や助詞、がありますが、それらの言葉は「骨格」を創るものです。「骨格とは何か?」、それは、話す人の思惟の思考の考え方の、順番・順序の事で、語順は、その骨格に当たる物です。日本語にも多くの外来語は取り込まれて居ます。その名詞は簡単に取り入れられ、動詞も取り入れられる事も有ります。

 

然し、日本語の「骨格である思惟の語順」は、簡単には壊れる事は無い。それが日本語人の思考の順序の根幹を成して居るからです。この語順はどの様に形成されて来たのでしょうか。興味深い問題です。それは意味に関係してゐると思います。これこそ、言語の意味生成の本題です。語順は思考の、平たく言えば、考え方の順番など、言葉の形態を現わすものですから、とても基本的で大切な部分です。言葉に於ける思考の順序は、語源学であるだけで無く、文化の問題とも深く係わりを持っている。人類学との関連分野にも入る問題です。日本語の外国語に対する特殊性は、どうして生まれたのでしょうか?、日本語は可成り古いコトバです、事に因ったら人類最古の言葉に入るものだと感じています。

 

また古い言語でもそれを使う者が減り、言語としては他の言語に代替えされて滅びてしまう事もあります。人類後の中で、日本語が此処まで残ったのは、自然条件が大いに関係してゐると私は思います。温帯に属する南北に長い列島で、海が外国の攻撃を防いでいた。一番、危なかったのは13世紀に元朝と朝鮮の混合軍による侵略でした。それは二度に亘る侵略で、元・朝鮮軍の海上兵力は10万を越えていたと言う危機でした。これは鎌倉時代の武家政権でしたから元・朝鮮軍を悉く打ち破って滅亡させた。元はこれ以後、国庫と人材を使い果たして明に滅ぼされ元朝はモンゴル高原に退却して行きます。元朝は遊牧民の王朝でした。元もモンゴル語という言葉と特有の文字を持っていた。

 

日本語の成立に付いては、殆ど解って居ません。国語学者は常に一様に、海外にその起源を求めているが、それは実に不思議な心理状態だと言えます。海外の物は好い物だと、条件反射的に信じ、思ってゐるらしい。それは間違った一種の思い込みです。いつ、この様な思い込みが改まるのだろう。日本語に関して確実に言えるのは、日本語の骨格が出来たのは遅くても縄文時代、それ以前の旧石器時代を換算すると、現在発見されている石器から謂えば12万年前には原日本語と呼べるものが既に有ったと考えた翁が適切です。旧石器時代には文字こそ無いが、音声言語は当残の事ですが確かに存在した。もっと言えば、人びとは単純な言葉から、暫時、日本語と言う言葉を築き上げて行ったのです。

 

普遍言語と言う概念は、各国民族が語るローカルな言葉の下に、人間の言語に関する普遍的な言語要素を突き止めたいという理念であり方向でしょう。それは人間の脳神経系には、言葉の原初の形態が眠っているという洞察である。その形態こそがあらゆる言葉の源であろうという確信です。その領域は、現在も未知の原生林です。これを探索することは、結局の所、人間を含めた命とは何か?と、謂う問いに答える努力であると感じています。

 人間と言う種を歴史的に見ると、西欧の世界侵略が始まった大航海時代以前は、人間の文明は幾つもの文明から成り立って居たが、帆船の発達はそれまで行く事の出来なかった世界にまで侵攻し、世界は狭くなり、武器の発達で、より破壊的な傾向が強まっていった。それ以降には、西欧SpainとPortugalに拠る世界の侵略が成された。それ以後、多くの西欧諸国がそれに習った。自然と共生をしていた弱小な文化文明は狂暴な力で滅ぼされた。それは特に、現在、南北アメリカと言われる地域の破壊が特に顕著であった。人間の文明は軽く10万年はあり、石器の状況から見れば20万年の歴史がある。食料栽培の端緒が始まって、文化が生まれやがて一つの生活圏を持つ文明に成長した。文明は斯く斯く特徴があり、自分達の存在と自然に対する関係を神話として紡ぎ出した。それは世界各地に残る、各々独自の生活と信仰が証明している。大航海時代と称する、西洋の狂暴な時代が、様々の火器武器で、小さな文明文化を根こそぎにした。それはもう再び戻そうとしても、元には戻らない。この地球上では、本来は文明の多様性の存在こそ、人間と言う種に可能性があり未来への指針がある。世界の文明が狂暴な諸国に征服されれば、人類の可能性の芽は死んで仕舞う。

 

日本の文明は、島根で発見された12万年の旧石器時代を基に二万年近い縄文期が存在する。生活もコトバも此処から発生したのである。地球の気候変動により縄文期の気温は温帯を超えて亜熱帯に近い気温で会ったという。植物は繁茂し木の実を多く生産し、それを食べる動物も多かった。縄文人は栗の栽培を為し、団栗も栽培していた可能性がある。つる植物山芋や大豆なども畑を耕し作物として栽培に励んで居たと想像する。その中から土器の発明が起きた。海も間近にあったから漁業も盛んに為されて居た。それと貝を拾いタンパク源としている。金属器が現れるのはもっと後期だが金属器に劣らない切れ味のガラス質の石器も多様に生産され、それが全国に流通している。たぶん緩い形での集落国家が存在した。それには共通のことばがあった。方言が多く在るが日本語の骨格は変わらなかった。話ことばが主で、記録を為す文字が現れるのは縄文中期以降になるのだろう。表現の為の文字はどんな物だったのだろうか?それが中々わからない。若しも残る物が有るとすれば、巨石に彫られた記号とか神社に残る何らかの記録である。漢字以前の文字を神代文字と総称される。神社に残る神代文字では鎌倉期の頼朝・義経の奉納書が残るという。

 

日本の歴史界では神代文字は公認されて居ない。所謂古代文献は物部と蘇我の闘争で焼き払われたとする見方がある。神代文字で書かれた記録文書の焚書のそれをやったのが蘇我と言う。厩戸皇子(聖徳太子)もその中の一人である。天武政権が創った日本書紀、古事記、もそれ以前の歴史書を基に創られた物だという見解があり、極めて納得がいく。神代文字は主に江戸時代中期以降に現れた。その実時の形態は10種類は存在する。驚くことには、戦後に神田の古本屋で発見されたヲシテ文字と称する文字で書かれた「ホツマツタヱ」は、記紀以前の事実を詳述する。これを比較し並列に読んで見ると記紀に無い事例が詳述されているのが特徴である。消された古代がそこには在る。奈良時代は日本史の中で特異な時代であった。それは明治以降の今の日本と酷似するのでは無かろうか?、海外文化を積極的に取り入れ、従来の縄文期に連なる形式を否定した時代では無かろうか。奈良期には隋、唐、の制度を真似て取り入れ国の制度をまとめ上げた。大宝律令がそれで、次の養老律令でまた改正を計った。当選の事ながら、この時代には渡来人も多くなかには帰化人も見受けられる。国柄が一時的に変わった時代である。それ以前は地方の有力な豪族に拠る支配があった時代が、律令のよって中央集権の制度が施行された時代である。この時出来た地方の習俗他の記録が風土記と呼ばれるものである。日本最古の歌集である万葉集もこの時代に近い。

 

奈良朝の中央集権的律令制度は暫時に崩れて行き、土地の国家所有から個人の所有権に段々に打って行く。荘園の制度はその成立が国家体制の変質と並行している。やがて平安時代が訪れて、永く日本の古代文化が花開くことになる。平安期は神道と共に仏教的な思想が比叡山と共に一般庶民に遍く行き渡った時代でもあった。永い平安期は、天皇家の内訌で武士階級の登場を招き、それで脆くも崩れ去った。平家政権は一代で終わったが、それに続く源氏政権も永くは続かず、実権は北条氏の執権が担う事に成る。

 

取り留めのない話題を書いて来たが、此処で言いたい事は、現在の世界の混乱と破滅の原因が、西欧的一神教に在る事の、救いの無さを言いたいのだ。ユダヤ教が、極めて独善的で闘争的で狡猾な悪魔教であることを思えば、その派生であるキリスト教も、マホメット教も、世界の平和には貢献しない一神教で在ろう。若しも救いが在るとすれば、神と言う人格神を崇めて他人に教義を強要する一神教にはもう人間は踊らされては平穏は来ない。一神教はユダヤ教からして極めて闘争的である。そうでない教えもある、日本仏教と神道である。特に神道は人に何事かを強いる事は無い。人の心にある崇敬の念を自らに気付かせる物であるからだ。神道はとくに植物に樹木に神聖な意味を見出す。植物は感じ考え、答えを語っているが、動物である人間は、その声を十分に聴き、理解することが出来ない。若しも神がいるとしたら、それは万物に宿ってゐる。

 ここでは、日本古来の言霊の考えの根源を問う事と、更に、本来の自然な人間の神経系と人工の疑似脳神経系であるニューロンネットワークの差異とその本質について考える。「言霊とは、動物である人間の、自らが使う言葉に付随する作用について述べた概念であろうと思います」。そして、その対極に在るのがAIと呼んでいる人工知能です。「果たしてAIは言霊を知る事が出来るか?理解するか?」、は、とても面白いテーマである。言霊という言葉とその概念がいつ頃にうまれ、人々の共通の知見に成ったか、その本質とは何なのか?、に付いて、此処で其の展望を考察してみたい。そして、返して現代科学技術の大きな布石でもあるAIを並べて、その差異と共通性を考察することで、未来への展望としたい。

 

古くからの日本の言霊観とは、古代人の感性の中では、言葉の持つ力と同一なものです。「放たれた言葉が、それが何らかの力を持ち、その力が減少に作用する」、簡単に言えば、その様な現象に付随する物として言霊が考えられて来たと思います。人々が懐く言葉の神秘観は、ヒトの想像力の中に宿ってゐるものであり、それも何らかの理由がある。言霊論は乱暴な言い方をすると「物心同一論」の立場に近い。話されたコトバは既に独自の力を持ち、独り歩きし何らかの作用を為す。放たれた言葉と言う力が、現象に作用する、とされるのが呪言(マントラ)である。言葉の力が及ぼす言語作用論と言えばいい。それは、日本語では音の持つ意味論と深い部分で繋がっている。密教では絶えずマントラ(呪言)が出て来る。誰でもご存じの般若心経にも最後の数行にマントラが出て来ます。教典が書かれた言語(例えばサンスクリット語やパーリ語)の世界ではそれは意味を持つが、全く異なった言語(漢語や日本語)の中で、マントラは有効な意味を持つだろうか?。異なる言語の間では呪文は意味を成すのだろうか?。音が近ければ意味を持つのだろうか。どうなんでしょう?。これは異種言語間の、興味深い問題を生起させる。果たして言葉が意味と念力の様な力を発揮するのでしょうか。

 

いまこの文章を書いている部屋に、外の庭から、多くの虫の声が聞こえてきます。とても奇麗で、虫たちは涼やかなこころ好い声で歌っています。何かを訴え掛けるように、こころに沁み込みます。私は子供の頃に昆虫少年でしたから、虫が大好きです。別けても秋の虫の声は、ほんとうに素晴らしいものが有ります。鈴虫、松虫、馬追い(スイッチョ)、クツワムシ、コウロギ、彼らが草叢で歌う声は、なににも増して心慰められます。

 

「日本の言霊論」は、確証はないが、日本語の起源と目される縄文時代には出来上がっていたと想像する、何故ならば、日本語は世界の言語と比べた場合、具体的に表現されない部分にこそ、主旨主眼がある言語である。結果的にコトバを最後まで聴かないと主旨は判らない、また最後まで聴いたにしても、容易には判らない場合さえある。目の前に現象的に展開される大自然の囁きを、縄文人は心に受ける事が出来たのでは無かろうか?。現在の日本語の明確な起源は到底解らない、だがこの列島に人が住み出してから、幾らもしない時期には始まっていたのだろう。短く見積もって、現在見つかっている最古の縄文土器の年代である、一万六千五百年前辺りから始まるだろう。我々が使うこの原日本語の魂は、この時代には確定していたものと想われる。名詞や形容詞の新語が出て来て、形式上は変化に富んだ日本語だが、動詞や助詞のその根は依然として極めて古い時代に根差している。また、言霊の本質はその言葉をつかう者の想像力に根差している。「コトバと力が同じものだと直感すること」が、言霊の本質的核心部である。一般に日本人が、嘘を忌避するのはこの辺の日本語による本能的感覚に在るのではなかろうか。

 

それと並立して人工知能の本質とは何だろう?。言葉と思考の本質の関係は、最も重要で深い問題だ、この関係の解明こそ言霊論を一歩前に進めることになる。人工知能は電子計算機の萌芽と無縁ではない。そして人間を真似た制御された人造人間の構想がcyberneticsである。300年前の魔法が急速に現実味を帯びだした。人工知能とは人間の思考のパターンを精緻化し形式論理の回路を似せて蓄積された種々の情報記録をその回路の上に活用する。計算機の場合は記録容量は初期の物から格段に増大し、今では、人間の脳神経系の容量にまで進展しつつある。また対話する計算機では、互いに思考のパターンを取り入れて更に、判断の精密化と選択肢を拡大する。だが指示された仕事はこなしても、自らの意思を持ったアルゴルは創れるだろうか。自動的に選択肢を選ぶ回路があったとすると、それは疑似の意思を創りだせるのだろうか?、ここ迄の機械は今の所存在してゐないが、どこかで秘密に設計されているかも知れない。それはフランケンシュタインの誕生に成るのだろうか。

 

 数学の根源的初期に帰って、論理学の意味をもう一度根底から考える事が必要に想える。その点で、ゴットロープ・フレーゲの論理学は、全くの初歩から数学を問い出したものだ。概念文字の考えは言語と数学の論理に橋を渡そうとする試みでもある。数字の{1}は永遠の謎である。それはXでありΩでも∞でもある。意味論とはネットワークの事だが、それは数理論理学の数学ともつながる。{1}は、ネズミの一匹であり、象の一頭でもある、それは1で象徴される。1の背景を問わない。この抽象性を人間が得た時に、人間の思考脳の次の進化が始まったと想われる。そこから四則のアルゴルが生まれた。言語と数学の起源では、言語が先ず出来てその抽象化から論理学が生まれた。数学の起源は土地の計測の、穀物の量の計算と分配の方法論から始まったとするのが妥当かも知れない。次にはその論理法則の発達と言えよう。初期の計算機はその論理回路を組み込んだ電気回路だ。初めは真空管を何千個と並べた回路であったが、その発熱量は尋常でなく、真空管は頻繁に壊れた為に、永く高速で運転するには問題のある方法であった。

 

やがて真空管に変るトランジスタが発明され、電気量の消費も改善されて運転されることになる。だが、然し計算機の集積度は驚くほど急速に進んだ。やがて1cm角に数千万の論理回路を組み込む時代に成りつつある。だが集積度の限界は来るであろうが、それを並列にならべれば、疑似的な神経系のSystemが出来る。謂わば疑似の脳細胞ができる。その論理を機械的に実現するのが電子計算機のalgorithm・programである。自動機械の心臓部はprogramを実施する高速度の電子計算機と言うことになる。cyberneticsと平行に進んだprogram内蔵型電子計算機こそ、人造人間の制作を目的とするcyberneticsがあり、電子計算機の疑似頭脳とロボット制作の両輪となる。次にはことばを使うロボットの誕生である。ロボットがコトバを理解し行動を決められるように成れば、それは人造人間に近くなる。こうしてcyberneticsの目的は暫時完成することになる。人間の遣って来た労働が、機械でも出来る面は機械がこなす事になる。だが働くことは人間の願いでもある。働くことは日本では善なので、怠けている事はどこか後ろめたい思いがある。

 

では、最初の言霊論に戻ろう。言霊論の核心部派は何らかの観念に拠ってそれが作用力を持つという信仰や信念である。何かの不吉な事を言ったりすると、それが作用して何らかの事態を起しうるという謂わば、思念・念力(テレパシー)に準ずる思考方法である。この考えは古代に特徴的であり、それは世界の一般的な感情であり、洋の東西を超えたものであった。古代の人々の精神構造の力学は、世界をどう見るかに深く係ってゐて、これは人の生活の根源部を為し、当然のことだが宗教の核心部を為している。今の世の中では、一神教に発する狭量な宗教が世界を席巻しているが、本来のもっと古い信仰は、それほど排他的でもなく、大いなる自然の下に暮す人々の、極めて温純で融和的なもので有ったはずだ。それ故に神は至る所に居わして人々を見守る親和的な信仰であった。神はその様に生活と世界に密着している存在だったのである。猶太教に発する一神教の教義と信仰は、融和的で物ではなく、寧ろ日本の宗教とは異質な、排他的で復讐的な宗教である。日本で一神教が一般に受け容れられないのは、布教法が下手だとか、という物ではない。それは世界観の差異に発している信仰の差異であるからだ。それが信仰に至らない根源的な理由であろう。でも、根本的な教義を受け入れる事は無いが、作法や形式だけは利用している。結婚式は教会で行う事が半数近く占めている。即席の神父に結婚の誓いをして居るし、子供が生まれれば、神社にお宮参りをする、七五三も神社でお祓いを受けている。そして人生の最後にはお寺の坊さんに経をあげて貰い冥土へと旅立つ。キリスト教、神社神道、仏教、と、人生の節目、節目に信仰との関わり合いをする。外来のどんな思想が輸入されても、根源には原始神道があり、それが骨格を為している。それは日本列島に何万年も暮らして来た日本人の日本語と共に日本人の根源的な感受性の枠組みをなってゐるから、変えようがないのです。

 いまはお盆期間中ですね、初日には、かく家の墓地にお線香とお花をもって出かけ、墓を綺麗に清掃し、お花を生け、お線香を焚きます。手を合わせて祈り、父母、祖父母、曽祖父母、そしてご先祖のたましいを背負い連れ帰った事と思います。歩いて墓まで行ける方は、墓にて提灯を付けて連れ帰る方も居られる。でも、墓が遠方で車で行く方は、車中で提灯を灯すわけにもゆかず、先祖のたましいを背負って来る方も多いでしょう。家に着くと仏間に行き、さあ着きましたよと、仏壇の前に背負って来た父母を含む多くのご先祖のたましいに降りて頂きます。仏壇に線香を焚き、リンを鳴らしてお盆期間中、静かに過ごして頂きます。昨年も今年も、子供たちは孫たちを連れてお盆に帰りません。ですから夫婦二人だけの静かなお盆です。

 

今日は、お盆の中日で大東亜戦争終戦の日です、父の終戦の日の、母の終戦の日の、祖父母の終戦の日の、曾祖母の終戦の日の、記憶をすべて聴いて置きたかったが、それは無理でした。但し父の終戦の日の思い出は聴いた事が有りました。陛下の終戦のご詔勅を、父は前橋予備士官学校で聴いたと話しました。重大発表があるからと、早朝に上官から聴いていたという。重大発表?父と仲間たちは怪訝に思ったそうです。仲間の中には、戦争の停止を思った方も居たかも知れません。父の話では敵の米軍が九十九里浜の上陸してくることを想定し、そこに敵を迎え撃つ訓練を連日して居たそうです。21歳の父の先輩には一年ほど前に志願して、南方の戦線に行き戦死した方も何人か居られた。

 

食べ盛りの若い学生の時期であり、食事は何よりの楽しみであったとか、秋には紅葉が美しく工場の回りを飾った居たらしい。勤労動員先の寮では建付けが悪く、すきま風が吹く中で、寒さの為に布団の上に木の戸を載せて寝たという。父の学年は35人は、古河鉱業日光精銅所で昭和19年9月から翌年の昭和20年3月末まで、そこで約半年を過ごした。4月から応召し、前橋予備士官学校に入り軍事訓練を受けて居たのでした。父は仲間と九十九里浜で死ぬ筈だったが終戦で生き残った。もしも父がそこで戦死していれば、私はここには居ない。自嘲的に、師範の我が学年は、最初の一年学年しか講義が無かった。後は殆ど勤労動員で過ごし、卒業年度の中では一番学力の無い学年だったと笑った。戦後の繁栄を築いて来たのは、紛れもない父の世代であった。焼け野原にされた荒野から、20年で復興を果たした、彼らは賢くて常に努力を惜しまない逞しい世代であった。

 

日米戦争はなぜ起きたかという、問いがあります。この問題は現在に繋がります。歴史を検証することが求められている。敗戦80年目に成り、双方の戦争実施者は消えましたが、公文書館には記録として残っている物も有ります。機密文書が段々に公開されて行くに従い、知る事の出来なかった裏側の実態が解かって来ます。結論を言うとUSAの支配者は戦争を望んで居たという事です。国力の差から日本の政治指導者は戦争を望んでは居なかった。だが、どうしてもUSAの支配者はヨーロッパ戦争に参戦する為に裏側から入る道を選んだ。その為に日本に最大の謀略を行った。当時も今も国際金融資本の為に働く日本人も確実に居る訳です。明治以来、共産主義は大學を通じて日本の指導層に着実に入り込んで居ましたから、彼らを使い内側から操る事も可能だった。明治維新も結局のところはFreemason組織に拠って行われたものでした。この事には多くの人が驚くことでしょうが、真の実態はその様でした。

 

Freemason組織の指導は明治の薩長権力者には絶対的な先生だった。だが明治日本が国力を付けて来るに従い、育てる事から敵に方針を転換して行く。日露戦争を仕組んだのもウォールストリートの金融資本家でしたが、彼らは双方に金を貸し戦争を起こす事を仕組んだ。偶々国力では圧倒的に不利であった日本がロシア帝国に勝って仕舞った。其れを見てFreemasonは日英同盟を結んだ。これは使えると考えた為でしょう。深謀遠慮し手駒として使おうとした。知らないのは日本の政治指導者でした。シナでの軍事反乱が起きた場合にこの戦力を使う。或いは日本を基地化する計画も有ったかも知れない。

 いまや新聞やテレビでも話題にされ、またAIについて書かれて居ない雑誌は無い位に話題のthemeです。artificial・intelligence(アーティフィシヤル・インテリジェンス)、直訳では「芸術的知性」とでも訳すのでしょうか?、訳して、「AI」、日本語ではそれを「人工知能」と呼ばせて居ます。多くの情報を記録装置に蓄えて置き、問題を与えるとその中から適切な答えと、出したその情報の評価に関する結論を、驚くべき高速で算出する様に出来て居ます。膨大な情報と高速の処理速度をもつ計算機の力を借りて、謂わば、「疑似判断力」を持つ様な機能をブール代数的電子回路で組んだ設計に成ってゐます。

 

もっと諄く言うと、人間の判断力を解析して得た判断回路から、その回路に莫大な知識を組み込み、高速でsub・routineと二値論理を駆使して、結論を出す様に設計されて居ます。記録容量が人間の言語的知識を遥かに超える物であり、莫大な情報を依り分けて選択判断し、それを促す知識が組み込まれて居て、Neural・networkの強力な速度により、人間の神経線維の情報速度を遥かに凌駕し知的判断時間を直線的に最速のデータ経路を進める。これはまだ完成されて居ない技術であり、応答networkの複雑化により疑似判断力は益々向上するであろう。これは或る意味で、人間を一部の支配者の奴隷にする道でもあり、これが増々精緻化したら考え様によっては大変に危険な部分を持つ技術である。製造技術と生産性はこの技術で向上するであろうが、人びとは想っても見ない大切なものが失われる事に気がついてゐない。そう、人間的な働く喜びである。特に日本人は自然の下に働くことを喜びとして来た永い歴史がある。

 

この様な技術は医学的診断の補助として使えます。症例と結びつく病名を候補に挙げ、その治療法を弾き出します。だがAIは膨大なデータから、ある程度の診断は出来るが、それはデータ判断の上であって、実際の患者の生化学データと顔色を見た上での、熟練した医者の判断力までは、未だ遠い状態にあるだろうと思われる。確かに電子計算機の病気診断は診察に使えると思うが、最終的な判断は熟練した人間の洞察力が必要であろうし、またそうで無ければ為らない。

 

AI「人工知能」の起源は、空想科学小説や御伽話しの多く出て来る。泥を捏ねて動く人形を作るとか、魔法の道具を使おうとした魔法使いの弟子の失敗とか、アラジンの魔法のランプとか、数え切れない程どあるがその様な動くロボットと、判断する機能とが合体するとAutomationとcyberneticsが予言して来た人造人間が出来て来る。更には、その機械は初期には、真空管電子計算機と組み合わされ、更に進歩し超集積回路の高速電子計算機と組み合わされれば、疑似判断力を持つmachine・Systemへと発展する。programとalgorithmを突き詰めると疑似的AIが出来ると予想する者もゐる。

 

それは常に進化し、やがて高度な段階に達すると、其処には本物の人工の知能とも言うべき機械が出来る。莫大なデータを一瞬で処理する速度を持つ為に、質の高いデータを記録容量として入れて置けば、判断の確度は向上するであろう。然もそれは機械同士の相互学習が、更に機能を飛躍させる事に成るでしょう。その機能を人の行動を真似たロボットに付ければ、軽作業の目的を果たす事が出来る。現在はその初期の段階に突入した。動きを自動制御する機械動作と電子計算機を合体させる事は、過ってのcyberneticsの構想その物です。これを悪用すれば不気味な未来が出現する。

 

更にAIのこの方法は、例えば外国語同士の言葉の翻訳に際しても、より本質的な深い翻訳が可能に成る。翻訳は辞書の記述を丸呑みで翻訳する様なことが一番下手な翻訳です。それでもある程度の意味は通じますが、それは優れた翻訳では有りません。翻訳の本質は交換される言語の型を超えて、語彙と意味の等号の背後に、あらゆる文化的、歴史的、科学的、なデータが記録として蓄積されて在る事が必須です。その様な思考の型を超える判断の基礎が有ってこそ、本当の深い翻訳が出来るのです。その点こそが、実は機械的翻訳の域を越えて、機械の疑似思考につながる段階なのです、deep・Learningで実現する事の出来るのは思考の質という部分なのです。目的は「空想の出来るシステムを創る事が出来るか?」という点が重要に成る。

 

つまりコトバの翻訳は、既に思考の研究でも問題にされます。昔は認知科学は哲学の一部でもありました。哲学自体が認知科学でもあったのです。それは言語の起源の探求というthemeでもありました。哲学の目的は対象を理解する事と同時に、その理解する自己自身をもまた理解の対象として問う事でも有ります。この事は大変に重要な事です。人のコトバの謎は、まだ解明されて居ません。コトバを知ることは、人間の持つ判断力・認識力、という知性の一番深い部分の意味を知る事と同義です。

 

改めて言えば、言葉と数はその抽象度が異なるものです。コトバが生身の肉体だとするならば、数は骨格です。数はコトバの持つ肉体と言う夾雑物を持たない。言葉には夾雑がある為に空想的で豊かなのですが、数は骨格であり論理です。cyberneticsは、通信と制御の科学から出発しましたが、擬似人間化したロボットを創る事は、たぶん人間工学的cyberneticsの一つの目標です、機械工学的には、その設計はそれほど難しい事では有りません、難しいのは制御面なのです。それも目的に沿った制御をどうするか?、という問題が常にありました。それを可能にしたのが電子計算機の発達です。

 

不思議な共振ですが、制御と計算機が、殆ど同時期にうまれて発達をした事です。人間の行動に限りなく近い動作をするロボットは何れ出来るでしょう。そして頭脳に当たる計算機の方の発達も速度が速い。特に計算機の高度化は目を見張るものがある。異語間の翻訳も、もっと正確に出来る事が達成されます。更には文章の主旨も纏める事が出来る様に成る事でしょう。それは擬似知能の初歩の段階です。もっと進めれば、更には、疑似的生命の発生と制御になります。人間が、益々、大自然から切り離された物となって行くことは、それは発展の面もあるが逆に消滅への道でもあり得ることです。

 言葉の根源を理解するには、「何が解れば」、言語の本質が解ったと、そう言えるのかと謂う「問い」がある。それに関して言えば、第一には、当然のことだが、子供の「言語獲得の過程の解析」であろう。生まれ乍らに欠陥の無い子供は殆ど努力せず母語となる最初の言葉を身に付ける。それは中学生に成って外国語を習う努力とは異なる物だ。例えば英語を習う(英文翻訳解釈)(英文の筆記)という際の努力は、要しない。幼児の言葉の習得は、たぶん母との会話の応答なのだろうと思われるし成長の過程を見れば、そう感じる。母から豊富な語彙を習う訳では決してない。それは生活に関した極々、初歩の語彙である。生き生きとした母子の応答が、確実の子供に言葉を身に付けさせるのは驚異的案事だ。五・六歳までの子供の語彙は極く数限られ、語彙的んは貧しい程だ。語彙は成人後は社会性の交信の為に重要な要素になるが、子供が言葉を身に付ける際の重要さから謂えば少ない。極少ない語彙で母子間の会話は出来るという事だ。言葉の本質は多くの探求者が指摘して来た外面的な顕在した方向とは異なるのである。

 

なぜそうなったのか?は、好くわかる。言語習得の外面側は明快であり、音絶や音素、構文や音韻、そして語順や各品詞、構文形成の構造など、そう言った殆どが外側に在る。見つけ易い、その様な要素を探求して来たのが、いわゆる言語学の歴史であった。然し本質はその逆で、方向が違っている。意味論でも造語論でも内面、内側の機能が、外側に現れたものに過ぎない。内面の研究は心理学の範疇にも入りますが、生物物理学の分野でもあるようです。内面の洞察は、確かに難しい、粘り強い知性が無ければ、その分析を推し進める事は非常に困難です。意味論論言語学は、内面の洞察力が主な問題群であり、探求のフィールドなのです。ですから、なにか特別な道具立てというものは有りません。数学には数という概念がまず在ります。言語学には音という手立てが有るのですが、音は数ほどは抽象性が無い。動物が発する音声は、その分だけ数学の様に。概念を絞る事が出来ないもので、こころと言う波動の下の生きたものです。

 

此処で言葉の使用に於ける定義を少し書いてみましょう。

内語の問題とは、文章構成過程と意味の接点の問題群の事です。意味とは、記憶情報の相互ネットワークの効果によるその実体(意味ループ)の作用の事です。そこでは同値(=)という価値判断の下に記憶情報が分類されており、その知識は同値毎に分類されて居るだけではなく、相互に同値のループを形成している。それで、まったく異なる語彙とつながる事が可能に成る。(物事を認識し知るという事の意味、解ったという事の本質はその作用が働くことに起因している、それが起こらないと人は物事を真に解ったという状態には成らない)全く違った現象がその真の内底に於いて同値である事が理解された時に、物事は理解されたという。

 

神経細胞ひとつひとつの情報処理は、ひとつひとつの簡単な回路に相当する。然し、多数の細胞が相互に互いの情報を持ち、それを共有する場合には情報の共合が起きる。そこから出て来る共有状態を意識と呼んでも好い。それは実際に確かめられねば為らない。生物物理学や情報数学の緊急の課題だ。それ故に、神経細胞群を持つ生物にとっては、意識やこころは、ごく自然に共有状態の発生と共に出現する。それはごく自然な事なのだ。細胞間の電気信号の流れと、細胞間の相互情報処理の過程が数学化されることが必要だ。それが先ず初めの段階です。それは大いに進められなければ為らない。また動物の模様、植物の樹形、種子の形、の大本の過程がどう為されて居るかを知ることが重要で大切だ。それが今後の研究の方向性です。