毒親サンタの修行中

毒親サンタの修行中

美人妻にポイッてされたザンネン系夢想家
ポンコツだからって父親を諦めない!

Amebaでブログを始めよう!

20年以上保育に携わっていると

どんな子がどんな大人になるか見えてきます。


結論



母親は悩め!苦しめ!

それが愛だ!


その愛があれば

みんな大丈夫🙆‍♂️☺️

昨年末ころ

コロナでの死亡者数が3000人を超えたってニュースでやってたのを見て感じたこと

インフルエンザも毎年3000人くらい亡くなられてるらしいし
交通事故での死亡者数なんてその倍くらいあるんだから

コロナと同じくらいインフルも気をつけなきゃだし
それよりも車に気をつけなきゃだからさ

マスク徹底の倍くらい
シートベルト徹底や制限速度厳守を報道しなきゃだよ

生活習慣病の死者にいたっては3600万人もいるらしいから
食べ過ぎとか運動不足、睡眠不足に注意する方が大切かも?

って思ったら、コロナとか言ってる場合じゃない気がしてきた💦

親しい仲でも意見の食い違いってありますよね


ケンカになったり、信用出来なくなったり、、、



こんな事になるなら言わなきゃ良かったとか、


この人は自分には合わないんじゃないかとか、


ネガティブに考えがちです。


でも、意見の食い違い大歓迎のタイプの人達もおられるらしく


彼らの言葉を借りると


意見の食い違いが面白いのだそうです。



何で自分は苦しいのに

それを喜ぶ人がいるんだろ?


と不思議だったのですが


最近答えを教わりました。



意見の食い違いは相手を否定している事にはならない



とても単純でした。


確かにそうなのです笑



相手を否定しているというより

自分を伝えたい思いの方が強い


意見の食い違いが

私を否定している事にはならないのに

勝手に否定された気分になってました。汗



今日も学び、反省の一日でした🙇‍♂️


良好な人間関係を維持するためにはお互いの距離感って大事ですよね。
職場の同僚やご近所さんなど


深入りしないけども浅すぎないビミョーな距離感などは
一見難しそうなんですが
それよりも、何でも話せる親友や、恋人候補など
より深い人間関係がうまく作れない悩みの方が圧倒的に多いです。

 

 

最近コーチングを学び始めたという今回の相談者様も
なかなか人間関係が深まらない事に悩んでおられました。

 

よくよく話をきくと
その方は人と関わる事に自信がなく


コーチングスキルを身につけて
コミュニケーション能力を上げたいのだと言います。

 

 

ここまで聞けば彼の課題はハッキリします。

 

 

人間関係が深くならない理由は単純で
深く関わる事を恐れているから誰も深く関わってくれないのです。

 

ご自身は相手への配慮だと思っていますが
その根本は相手を怒らせたり傷つける事で
自分が嫌われる事を恐れているのです。

 

解決方法は相手を信頼して一歩踏み込む事ですが
それはリスクを伴います。

 

そのリスクを避けて信頼関係を作ろうとします。


コーチングを学ぶのも
リスクを避けてスキルでうまいこと信頼を得ようとしているのです。

 

それは「ダイエットしないで痩せる方法」や
「お金を使わずに買い物をする方法」を探すのと同じ事なのですが
残念ながら自分を守る事で精一杯の間は
その外側にまで気が回らないのでなかなか気づけません。

 

ただ、彼らを笑う事は出来ません。
多くの人が同じように自分のことも気づけないのです。
私もまた然りです💦

何年もかけて作り上げた性格や価値観は
自分に都合の良いように世界を見せ
自分に都合の悪い事は見せないのです。


無意識で自分を守っているのです。

 

今回の相談者様には上記の内容をハッキリ伝えました。

 

やはり相手の気持ちには気づいておられませんでした。


ただ、一回のコーチングで劇的に変わるものではありません。

長い時間が必要な場合もあります。

でもいつか必ず
自分を解放することで悩みから解放されます。

 

素晴らしい信頼関係を築く事ができるようになります。

そんな日が待ち遠しいのです。

ずーっと断ってきた管理職を

4月から引き受ける事にしました。

 

断り続けていた理由は

他の施設に興味がなかったからだし

 

引き受けた理由は

他の施設に興味を持ったから

 

正確にいうと

他の施設の保育に腹が立ったからw

 

一種の正義感だと思うけど

テキトーにゆるく生きたいと思っていた俺にも

そんなエネルギーがあったと思うと自分にびっくりするw

 

3月末くらいから活動を始めて約一ヶ月

現場の様々な問題・課題が浮き彫りになってきた

 

自分が勤める会社に

こんなにもたくさん課題があったと知ることができた。

 

そして誰も手を付けてこなかったという事もわかった

 

俺がやるしかない!

 

と気合をいれてみたりもするが

 

同時に情けない事実にも気づいた。

 

 

それは、

 

これまで自分が会社に関心がなさすぎたという事

 

協力的ではなかったという事

 

人のことをなど到底言えないくらい薄情だったという事

 

 

自分をさらけ出していこうと思う

 

過去の反省や謝罪も

 

将来の希望や不安も

 

さらけ出してみんなで考えていきたい

 

 

それで失敗するならそれでいい

精一杯やってみようと思う

 

友人(27才)が雑誌デビューしたので記念に買ってみた。

彼女がもがいてきた時間も知ってるからやっぱり嬉しい。

やがて書籍も出したいという彼女

「なんだか楽しそうでいいなぁ」と思いながら

でも、どんどん遠く行ってしまうような寂しさもあったりw

 

で、思い出した

自分もメディアデビューは同じくらいの年齢の時だった(笑)

 

専門雑誌、テレビ取材、地元FMラジオ、新聞のサンデー版など

遠い昔の出来事w
すっかり忘れてた(笑)

 

ふと、自分の名前をググってみる

一件ヒットした懐かしい記事
誤植も発見(笑)

同時に当時の思考・感情も思い出せた

 

他の人よりちょっと前を進んでいるような特別感
一段高いとこに登った様な優越感

メディアに出るのは特別な事だと言い聞かせ
誰かと比べることで満足している小さな自分

 

そうか、俺はあのころからあんまり変わっていないなw

いや、客観的にみれるくらいは成長したのかも?

 

彼女が本を出すくらいには
もう少し成長していたいなぁ

「飽きっぽい」という言葉にネガティブな印象を持つ人は多いと思うけど私はそうは思わない。

 

飽きるという事は「飽きるまで好きだった」「それまで興味があった」という意味なので

むしろ素敵な事の抜け殻なのだと思っている。

 

まずは興味を持ったという事だし

飽きるほど繰り返したという事は

その行為から何か得るものがあったから続けていたのだと思う

 

小さな子供がなんども繰り返し読む絵本には

なんども読みたくなる何かがあるのだ

 

そしてその素敵な何かを満喫したり

吸収し終わったとき

 

つまりは学びきったから卒業していくのだと思う。

 

 

飽きるというのは関心をもった対象からの卒業

次のステージへ向かう事であって

ネガティブなことだけではないのです。image

「おとさん(お父さん)ラーメンできたよ」

まだ幼かった緑(三男)がプラスチック製のどんぶりを運んできた。

注文した覚えのないラーメンを
それでも「ありがとう」と言って受け取り
どんぶりを覗くと中に入っていたのは
ソフトビニール製のウルトラマンの人形達だった。

当時はよく「おままごと」をして遊んでいた。
ただ、男児ばかりのお家のオモチャ箱には
「おままごと」に使えるような気の利いたものは入っていない。
お菓子の空き箱が器になり、ロボットの武器が調理器具になり
ビー玉やレゴブロックが色とりどりの食材になる
しかし今回は想像のはるか斜め上だ

赤と銀の派手なツートンカラーのヒーロー達が無造作に放り込まれており
ラーメン的な要素は全く見当たらない(汗)

ウルトラ(マン)の複数形でメンズ(麺s)とか?
いやいや、それは買いかぶり過ぎだ(笑)
彼らの想像力が天才的なのは認めざるをえないが、、、

ツルツルと麺をすするような仕草をして

「美味しい!」

と答える。
こういう時は大人として、ちゃんと子どもの期待に応えてあげるのだ。

しかし返ってきたのは意外な返答


「えっ、それマズいラーメンだよ💦」


緑の驚いた表情は
「これが美味しいなんて、おとさんは正気か?」
とでも言わんばかり

なるほど、
たまたま出来たマズそうなラーメンをお父さんにあげてみたら
美味しいなんて言うからビックリしちゃったんだw

私はちょっと恥ずかしくなった。
子供ってこう言ってあげたら喜ぶんでしょ?的な
傲慢な大人の浅はかさを見抜かれてしまった気がしたのだ

そして子どもの方がうんと大きな器で接してくれていると感じてしまう事もあるのだ。

そもそも美味しいラーメンは「マル🙆‍♂️」で
不味いラーメンは「バツ🙅‍♂️」と決めたのは誰か?

自分が気に入らないからといって
それを「ダメなもの」と決めつけるのは勝手が過ぎる

別に不味くても構わないはずだ。

同様に醜いものも、臭いものも、汚いものも「だからダメ」とは言えないはず、
ダサくても、貧しくても、卑屈でも、決して「ダメ」じゃない。
うまく出来なかった事も、期待に応えられなかった事も「ダメ」じゃない。

自分で「ダメ」と決めつけてジャッジしているだけなのだ。

そして「ダメ」を恐れて逃げたり諦めたりしている。
「ダメ」だった事を後悔して自分を責めている

自分で決めた「ダメ」ならいつでも自分で変えられるのに
勝手に縛って苦しんでいるのだ。


私は思う
「マズい自分」を堂々と出せたらどんなに楽で自由だろう。

「マズっ!」って言われたら
「でしょ!」って間髪入れずに返してやるのだ😂
そして「まだ修行中なんだよ」と笑ってみせる

いつかまた「マズいラーメン」を受け取った時
「こりゃ不味くて最高だな!」
と言ったら緑はどんな顔をするかな^^

職業柄、多くの若者から相談を受けます。
コーチングと聞くと「成功」「夢」「目標」など
前向きな人が受けるイメージがあるかもしれません。

しかし、現実は
やりたい事が見つからない、いろいろ初めても長続きしないなど
前を向きたい、自分を変えたい、と悩んでいる若者の方が多いのです。

彼らの悩みを突き詰めると
最終的には「親」と繋がる事が多いです。

というか、もうほとんどココ(汗)

ただ、最初から自覚している場合は少なく
コーチングを受ける過程で
悩みの根本として掘り起こされるのです。

多くの若者がご両親や社会に植えつけられた
「価値観」や「イメージ」に苦しめられています。

「バカ」等と暴言を吐かれた子供達はそれを「愛」だと受け取ります。
「暴力」を受けた子供達は「愛あるしつけ」と思いたいのです。

もし、それがただの暴言や暴力だとしたら
それは「愛されていない」事を意味してしまうのです。

親から愛されていない事に耐えられない子どもたちは
ママが怒るのは私が悪い子だから良い子にしようと躾けてくれている
パパが叩くのは私が悪い子だから良い子にしようと躾けてくれている
虐待すら「私のため」「親からの愛情」だと信じようとします。

親の言動を正当化するには
自分が「良い子」では都合が悪いのです。
怒鳴られ、殴られるくらい悪い子でいなければ辻褄があいません。

ですから自分が「悪い子」だと思い込む必要があり
その方が本人にとって楽なのです。

実際に悪い事をする必要はありません。
失敗する子は悪い子
迷惑をかける子は悪い子
と思ってさえいればいいのです

失敗しない、迷惑をかけない子どもなどいませんから
ほぼ確実に悪い子と思えるようになれます。

そうして子ども達は自ら自信を無くしていくのです。

ではそんな子供達に親が出来ることは何でしょうか?

過去を悔いて謝る事かもしれません。

あなたが変わる事です。