日本代表1-3韓国代表
浦和の試合を観ている人にとって最近の代表のゲームは、まさにデジャブではなかったか? といっても闘莉王選手の活躍? の部分が中心だが。
得点が欲しいときに闘莉王頼みになってしまう、俗に闘莉王システムと呼ばれるわかりやすい戦術である。確かにヘディングの強さは、たいていの場合戦っている両チーム通じてNO.1である。ハイボールを競り合えば得点の可能性が高い。事実、香港戦では得点し、韓国戦でもその動きが脅威となってPKをもらった。存在感は図抜けている。
がしかし、彼はDF登録である。DFの選手が前線で大活躍では。最初からFWで出せばよいではないかと考えてしまう。闘莉王システムで勝ってもそれは変則といわざるを得ない。本来は緊急事態の戦術である。悪いことに思惑通り得点できてしまうと、その瞬間にチームは崩壊する。彼の存在感があまりに大きくなりすぎてしまうのだ。韓国戦は結局抜群の存在感である彼が退場すると、もう尻すぼみとなった。
岡田監督もこの呪縛からは逃れられないかもしれない。さすがに、これから闘莉王選手をチームに迎える名古屋のストイコビッチ監督は「彼はDFでは」と指摘することを忘れないし、ジーコ元監督は彼をDFとして見ていなかったとの記事もあるくらいだから、その危険性には気がついていたわけだ。
得点が欲しいときに闘莉王頼みになってしまう、俗に闘莉王システムと呼ばれるわかりやすい戦術である。確かにヘディングの強さは、たいていの場合戦っている両チーム通じてNO.1である。ハイボールを競り合えば得点の可能性が高い。事実、香港戦では得点し、韓国戦でもその動きが脅威となってPKをもらった。存在感は図抜けている。
がしかし、彼はDF登録である。DFの選手が前線で大活躍では。最初からFWで出せばよいではないかと考えてしまう。闘莉王システムで勝ってもそれは変則といわざるを得ない。本来は緊急事態の戦術である。悪いことに思惑通り得点できてしまうと、その瞬間にチームは崩壊する。彼の存在感があまりに大きくなりすぎてしまうのだ。韓国戦は結局抜群の存在感である彼が退場すると、もう尻すぼみとなった。
岡田監督もこの呪縛からは逃れられないかもしれない。さすがに、これから闘莉王選手をチームに迎える名古屋のストイコビッチ監督は「彼はDFでは」と指摘することを忘れないし、ジーコ元監督は彼をDFとして見ていなかったとの記事もあるくらいだから、その危険性には気がついていたわけだ。
さてワールドカップどうなるんでしょうか?
岡田監督のチーム作りはチームコンセプト重視だ。「接近・展開・連続」というキーワードを掲げ、パスワークで相手を崩すことを志向している。つまり、代表にはそれを実現できる選手を呼んでいると解釈できる。運動量が豊富で小回りが利く選手を登用している。
(2009年Jリーグ得点王の前田選手やMVPの小笠原選手はあまり使われない)
もう昔のことになるが、ジーコ元代表監督は、まず個人ありきだった。集まった選手の個性を生かしたケミストリーを求めていたのだと思う。つまり、選手のストロングポイントを前面に戦うということだ。だからうまい順番に選手を呼ぶし、彼らの自由にさせていた。本来は彼らが自分なりの武器を生かしたサッカーを、チームの仲間と作り上げるべきだったのだろうが、逆に選手からも戦術がないなどという批判を受ける羽目になった。つまり選手の側は、こうしろ、ああしろといわれたかったのだろう。
岡田監督のチーム作りはチームコンセプト重視だ。「接近・展開・連続」というキーワードを掲げ、パスワークで相手を崩すことを志向している。つまり、代表にはそれを実現できる選手を呼んでいると解釈できる。運動量が豊富で小回りが利く選手を登用している。
(2009年Jリーグ得点王の前田選手やMVPの小笠原選手はあまり使われない)
もう昔のことになるが、ジーコ元代表監督は、まず個人ありきだった。集まった選手の個性を生かしたケミストリーを求めていたのだと思う。つまり、選手のストロングポイントを前面に戦うということだ。だからうまい順番に選手を呼ぶし、彼らの自由にさせていた。本来は彼らが自分なりの武器を生かしたサッカーを、チームの仲間と作り上げるべきだったのだろうが、逆に選手からも戦術がないなどという批判を受ける羽目になった。つまり選手の側は、こうしろ、ああしろといわれたかったのだろう。
私はどちらかというと個人の武器を前面に押し出すサッカーが見たい。たとえば長谷部選手の前への推進力、本田選手の無回転のミドル、岡崎選手のダイビングヘッド、中村憲剛史選手のスルーパスなどなど。そして各選手がそれどれの選手のストロングポイントを熟知した上でのコンビプレーを見たいと思う。FW2人での崩しを見たいとも思う。だが戦う前から個人のストロングポイントが世界では通用しないと目されているから、グループ戦術が必要という流れなのだろう。つまり自由に戦うというのはかくも厳しいことなのだ。一人で抜けないのでニ人で三人で。一人で取れないので二人で三人で。体格で負けるので接触をさけたパス交換。でもしかし、 今のメンバーは本当に一人では戦えないのか? 本当に抜けないのか? 本当にぶっ飛ばされるのか? わからない。勝負してないから。個人の戦いを軽視すれば100年経ってもたぶんよい戦績は得られないだろう。
「ないものねだり」では決してないはずである。
「ないものねだり」では決してないはずである。
韓国のニ点目(ミドルシュートが中澤選手の背中に当たってコースが変わりゴール)は、アクシデントなんかではなく、サッカーではよくあるゴールだ。でもあのようなゴールは、今の日本代表ではまず見られないだろう。
ピッチ上のどのような場所からでも、ゴールを第一に意識するのが正解だ。今の日本の場合、ペナルティエリア内でもゴールに向かわないサッカー。ゴールエリア内で漸くといった有様。まったく稀有なサッカーである。
岡田監督よ。せめてスローガンを「接近・展開・シュート!」に変更してもらえないだろうか。
ピッチ上のどのような場所からでも、ゴールを第一に意識するのが正解だ。今の日本の場合、ペナルティエリア内でもゴールに向かわないサッカー。ゴールエリア内で漸くといった有様。まったく稀有なサッカーである。
岡田監督よ。せめてスローガンを「接近・展開・シュート!」に変更してもらえないだろうか。