『翳りゆく夏』
8月の最後の日。
照りつける陽射しを拡散させる様に、
青々と葉を付けた桜の木は
僕に影を与えて、少しだけ暑さを和らいでくれている様だった。
それでも容赦なく流れる汗を拭いながら
昼間の公園で僕は君を待った。
汗で滲んだ腕時計は待ち合わせから5分を過ぎようとした時だった。
僕が2年間、当たり前の様に
よく観てきた笑顔の君と、
僕の知らない誰かが話しながら近づいてきた。
「待たせてごめんなさい。今日も暑いね。」
なんとなく僕に訪れる未来が刹那に
解った気がした。
「暑いから単刀直入に言うと、私、好きな人が出来たの。」
「いつからだよ?」
「あなたが私を見なくなった時から…。
だから私がだんだん離れていっても、
あなたは気付かなかったでしょ?」
言葉が出なかった。
そうだ。僕は彼女が未来永劫、
ずっと彼女なんだと盲信していた。
「最後の方はぶつかり合って喧嘩ばかりで楽しいことばかりじゃなかったけど、それでも楽しいこともあったよね。ありがとうね。」
僕は小さくなっていく2人を
ただただ薄ら見ていた。
やがて桜の木の影の向きが変わって
僕を見放す様に照り付ける太陽が
僕と、彼女だった人の思い出ごと
翳りをみせながらも真っ黒に焦がした。
[ 完 ]