今年最後の一日
外が薄明るくなるった。今日もまた新しい朝がやってきた。そして、これから身支度をして家を出て電車に乗り、いつもどおりあるところまで行き、そこで何時間か過ごし、帰宅する習慣的な行動が始まる。帰宅後は特になにをやれという義務がないので自由だ。時間がたっぷりある。いや、あまりない。そんな毎日が日々送られている。そのような多少の時間が入り混じっている世界で生きている。複雑な心境で文章を書いていると途中で自分が自分でないような感じだ。勿論、自分の意思でこのブログを開いて文字を書き連ねているけど、そんな気がしてきてしまう。
夕べ、悪夢にうなされた。見ていてとても不愉快なシーンだ。人が残酷に殺されるという訳ではないけど、どちらにしろ人が死ぬというのには変わりがない。人によって殺されるのは一瞬が多いけど、病は違う。病は人をじわじわと蝕んでくる。それは、人を暗黒へと陥れる。なにより病に患った人は辛苦だ。それを見守ることしか出来ない人も悲しくて辛い。この悔しい気持ちを誰かにぶつけたいけど、これは誰のせいでもない。本当にただ悔しくて堪らない。
そして、僕は薄明るい日差しによって目が覚めると何とも言えない複雑な面持ちだった。
人はどうして夢を見るのだろうか。 気になってインターネットで調べて見るとどうやら、人間の五感に手掛かりがあるみたいだ。人は常日頃五感が働いている。そして、睡眠時間も働いている。だけど、それでは流石に疲れてしまうので、ある一つの器官だけを睡眠時だけでも休ませることができるようにと夢が働きかける。それが視覚。視覚は睡眠時は現実をシャットダウンし、夢という映像を見せて休ましているらしい。因みにその時は右脳が活発になっているみたいだ。
どうして人は夢を見るのかが今の科学的根拠で理解したが、まだ納得がいかない。それはなぜ現実では全く見覚えのない体験を夢で体験するのかとういうこと。そして、なぜそのような映像が流れたのか。不思議だ。
日々の継続が大事
ここ数日間、十分な休みが取れたのでバイトを探すことにしたがどこもかしこも門前払いされて10日が過ぎた。 もうこれ以上探す気力もなくなったので前に少しの間やっていたポイントサイトのことをふと思い出し、久々にログインしてみたところ意外と貯まっていたのでこれを機に昨日から再びやり始めることにした。
それで、このブログに少し協力してもらうためにバナーを貼らせてもらいます。

フルーツメール
今日は短い日記だけどこれで終わり。
誰かに会いたい
自分のことを何でも話せるようなそんな人に巡り会いたい