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デザイナーのつぶやきあれこれ

澤穂希

今日は先日電撃引退発表された“なでしこジャパンの澤選手”です!
ホントに急な引退発表で、てっきり来年のオリンピックにも出る物だと勝手に思ってました(T▽T;)
先日の記者会見での澤選手は「人生最大の決断になったが、悔いなくやり切った。本当に最高のサッカー人生でした」と語っておりました。もちろん苦しい時期もあったと思いますが、本当に輝かしい伝説的キャリアを築き上げて来られたレジェンドですね。その常人離れした澤選手のキャリアを少し紹介します(*^▽^*)

8歳の時に兄と一緒の地元チームに入部(この時は澤選手は仮入部)
「狛江杯」で仮クラブ生ながら試合に出場。いきなりゴールを決め、地元紙のニュースに取り上げられる。以後、正式に入団。
12歳の時に日本代表が多数所属している強豪「読売サッカークラブ女子・ベレーザ」に入団。普通なら下部組織に入る年齢だが、いきなりトップチームに入る(゚Д゚)・・・・若干12歳で強豪のトップチームデビュー・・・映画かマンガですか?となるくらいの事です。12歳も凄いですし、サッカー初めて4年余りでデビューも普通は信じられないレベルしょう(^▽^;)
15歳(中学三年生)で日本代表デビュー(ノ゚ο゚)ノ・・・中学生で代表に?・・次元が違う早熟度(^▽^;)そして代表に招集されて初出場を果たしデビュー戦で4得点を挙げる。その年のリーグベストイレブンに選ばれその後も度々選出され、リーグと日本を代表する選手となる。その後は6度もワールドカップ(W杯)に出場し男女を通して世界史上最多出場選手となる偉業を達成(ギネス記録)。主将を務めた2011年W杯ドイツ大会では、米国との決勝の延長後半に同点ゴールを決め、日本を初優勝に導いた。日本人初となるW杯での得点王(ボランチなのに)とMVPの二冠をも達成した。国際サッカー連盟(FIFA)の「バロンドール」(年間最優秀選手賞)もアジア人として初受賞。12年ロンドン五輪では、銀メダルを獲得。AFC初代殿堂入りを果たす。日本代表では男女通じて歴代トップの出場数とゴール数を記録(205試合出場83得点)。国民栄誉賞を初め多数受賞。

以上が澤選手のおおまかな人間離れした経歴です。
そして37歳を迎えて引退発表に至るのですが、引退の報せを受けて日本サッカー協会やサッカー関係者に留まらず、日本中の各界の著名人からコメントが発表されております。

「澤穂希選手の女子サッカーに対する貢献度は偉大で 、FIFAバロンドール2011の『FIFA年間最優秀選手賞』が示す通り、日本女子サッカーのレベルの高さを世界に示してくれました。澤選手には心から感謝の意を表したいと思います」(日本サッカー協会大仁会長)

「長年、日本の女子サッカーをリードしてきて、代表でも数々のワールドカップ、オリンピックに出場してきた偉大な選手です。日本代表の試合でも、ここぞというときに点を取り、様々な戦いで勝利に導いてくれました。私自身が出会ったなかでも、特別な選手です。引退は残念ですが、次の人生でも彼女らしく輝き、引き続き幸せであるよう、常に願っています」〈日本女子代表の佐々木則夫監督〉

「なでしこジャパンがW杯に優勝して、澤さんがバロンドールを取った時に日本中でものすごい騒ぎになりましたが、小学生の時から知ってた自分からすると『ようやく時代が澤さんに追いついた!』と本当に嬉しく思っていました。澤さんの頑張りに自分も勇気と元気をもらって目標としてきただけに、現役引退は寂しいですが、今は本当にお疲れ様でしたという気持ちでいっぱいです。府ロクの後輩として本当に誇りに思います。澤さん、本当にお疲れ様でした!」(川崎フロンターレ中村憲剛選手)

「世界で戦う上で大切なことを教えてくれたと思うので感謝している。サッカー界を引っ張っていくことに関しては色んな立場でやっていけるわけですから、経験を存分に生かしてくれれば可能だと思うし、それは澤さん次第だと思う。女子サッカーをこれからも引っ張っていってもらいたい」(横浜FC三浦知良)

「驚いた。寂しいです。澤さんは女子のみならず、日本サッカー全体に大きな影響を残した。それは次世代につながっていくと思う。本当に10番とキャプテンマークが似合っていた」(横浜Fマリノス中村俊介選手)

「『引退はいずれ来る』と話していたので、リオデジャネイロ五輪の後か、代表になれなかった時と思っていた。突然でビックリした。サッカー界のレジェンドで、その姿を見て、私もレスリング界を引っ張っていかねば、と思っていた。お姉さん的存在で一番仲のいい、尊敬するアスリートでした。リオに一緒にいけないのは残念だが、澤さんの分まで4連覇を目指して頑張りたい」(レスリングの吉田沙保里選手)

「まだまだできる感じはするけど、体力の限界や後輩が育ってきたことで、ご自身が判断されたと思う。限界まで自分を後輩たちに示そうとされてきた立派な方」(ハンマー投げ室伏広治選手)

「澤さんが決めたことなので、まずはお疲れさまと言いたいです。人生の半分以上を日本代表として活躍している選手など、まずいないわけですから。歴史を作ってくれました」(TOKIO国分太一)

「銀座のオリンピックパレードの時に澤さんと同じバスに乗って、他の選手も澤さんにはかしこまってる感じがすごかった。そういう選手がスポーツ界からいなくなってしまうのは寂しい」(体操内村航平)

「非常に驚いたと同時に大変残念に思った。日本女子サッカーチームの常に精神的な支柱には澤選手があった。日本女子サッカーはW杯、五輪と3回連続で優勝、準優勝をしている。チームの中心的な精神的支柱が澤選手だった。何といってもアジアで初めてFIFA(国際サッカー連盟)の最優秀選手に輝いている」(菅内閣官房長官)

自分も澤選手のプレーを見ることが出来た事が本当に幸せでした!まだ試合残ってますが、永い間本当にお疲れ様でした!