哲学的な話かもしれませんが、
何回か分けてアップしたいと思います、少しお付き合いください。
インとアウト。
言葉の意味としては
”入る”と”出る”とらいうことですが、この場合受け手は
”脳”と考えましょう。
我々は視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚として受けた情報が神経システムを通じて伝達され脳へとインプットします。
それを脳が理解し場合によってそれに対する何がしかの行動を起こします。
手足を動かしたり、言葉を話したり、よりよく見る為に眼球を動かしたりする動作、コレがアウトプット。
普段何気なく生活している時、
私たちはこのインとアウトを
常に行っています。
いろんな場面について考えると…
見えてくることがありました。
生まれ落ちた時、私たちは泣くというアウトプットからはじまります。
母親から話しかけられたり触れられたりします。コレはインプット。
それを受けて泣いたり笑ったり甘えたりします。コレはアウトプット。
インプットとは受動的行為であり、アウトプットは能動的な行為ともいえます。一見すると相対的関係にあるように感じてしまいますが、必ずしもそうではないということに注目したいのです。
外からのインプットがない状態でも、脳内で思考した事を誰かに伝えたいと思って行動すればコレは単にアウトプットだけである。
また、まったく興味のない音楽が流れていたとき、音として耳に聴こえてくるが、このときにインプットこそ成立しているが、そこに何の感情も抱かなければアウトプットは無い。
つまりインとアウトはそれぞれ独立しているという事です。
私は特にこのことにとても興味を持ちました。
レッスンを受けに来る方で、
いろんな痛みなどで動作に支障を感じている場合。その方にとってはいままでの動作(アウトプット)が痛みによって妨げられた状態とも言えます。
痛みそのものの苦痛もさることながら、動作が妨げられたという点でも大変なストレスを感じることでしょう。
行動しようとしてその行動がままならなくなる。
コレはとても辛い事です。
アウトプットが出来ない状態で、
思考などが頭の中で進んでしまうとこれはさらに辛い事になり、ストレスが溜まる一方だと思います。
アウトプットをいかにコントロールしていくかという事は、ストレスの多い昨今では重要な課題と思います。
様々なアウトプットの考え方等については次の機会に…

アウトプット盛り!
(ハクちゃん(左)とそらくん)