昨日、10月15日は7回目の妊娠判定日。

この日は久しぶりに同じ大学出身の会社の同期達で集まることになっていたけれど、
どのような判定が出てもお酒の席を心からは楽しめそうにないので欠席の返事をしていた。
不妊治療、とりわけ体外受精を始めてから、犠牲にした付き合いは多い。

何回やっても慣れない緊張の一日。
「陰性だったら同期の集まりを欠席にした事を後悔するのかな?」、
「いやいや縁起でもない、判定が出るその瞬間まで妊娠していると信じなきゃ!」、
なんてことを思いながら病院へ向かった。
そして・・・、結果は陰性。
帰り道、カフェに寄り、しばらく我慢していたコーヒーを飲んだら、心が少しだけほぐれた。

私の不妊治療において、これまでの移植回数は新鮮胚移植5回、凍結胚盤胞移植2回。
今回は2回目の凍結胚盤胞移植の妊娠判定日だった。
診察室で血液検査の結果が記されたシールを私に手渡しながら、
先生は「可能性は50%の卵だったんだけどね」と言った。

2009年に「婦人科なんかに行かなくても大丈夫だよ」という夫を無視して、
婦人科検診というかブライダルチェックのようなものを受けてから始まった不妊治療。
タイミング指導から初まり人工授精を経て体外受精へと進んだ。
婦人科通いは今年で4年目になる。

始めたばかりの頃は30代のうちに結果が出なければ諦めようと思っていたっけ。

昨年から始めた体外受精。
幾度かの化学流産はあったけれど、妊娠しないまま私は今年41歳。
私にはシェーグレン症候群という持病があり、呼吸器もあまり丈夫ではない。
内科の主治医には42歳までは頑張ろうと思うと話してはいる。

考えたくはないが、成果が出なかったら私はどうするのか?
人生を虚しいものにしたくない、幸せになりたい、どうすべきか?
もちろん子供が出来たからといって、それがゴールではないことも十分わかっている。
喜びだけでなく、そこから始まる苦労や困難も。
だからこそ、私の人生の物語はまだまだ途中。

私にはもう何年も続けているブログがある。
いいカッコしいの私はそちらには不妊治療のことは書いていない。
今日はお昼から友人3人と集まっていたが、その友人たちにも治療の話はしていない。
このブログにこれまでの治療のあらましなど書きながら、
子供を持ちたいという思い、私や私たち夫婦の未来のこと、色々と見つめ直してみようと思う。