あまずに最後のおやすみを。
4月5日に書いた話をアップしますm(_ _)m
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓、
あまずのチチです。
おママさまはあの日以来、ずっと疲れた疲れたと言っています。
ぼくはあの日以来、胸のあたりが押しつぶされそうです。
チ「今夜は外で食べようか」
マ「そうだね」
育ち盛りのちっちがいる中、
2人とも買い物をするのも料理をするのもなかなかしんどい。
今朝、おママさまは夢の中にあまずが出てきたそうです。
あまずは寝室で寝ていて、ほかにもワンやニャンコがいて、
ニャンコの名前はルリちゃんだったとか。
不思議なことに、ぼくも寝室にいる夢を見ました。
ぼくはあまずには会えなかったけれど、
ダックスやニャンコがシッポを振りながら、ぼくに飛びついてきました。
今日、あまずはあの世とこの世の境にあるという川に
たどり着く日なのだそうです。
ワンと遊ぶのもニャンコと遊ぶのも大好きなあまずは、
そこにたどり着くまでの7日間に、
きっとたくさんのお友だちができたのだと思います。
みんなでワチャワチャいいながら、その川にたどり着いたんだと思います。
だから、悲しんでいる僕らに、
そのことを夢を通じて知らせてくれたのかもしれません。
そうか、だったらさびしくないね、あまず。
いつかこの日が来ることは、ずいぶん前から、
あるいは、あまずを迎えたときから、頭の中ではわかっていました。
でも、こんなにも唐突に、お別れの日が訪れるなんて、
想像もつきませんでした。
2025年3月30日のお昼過ぎ、あまずは息を引き取りました。
14歳7ヶ月でした。
心臓の薬を一昨年から飲んではいましたが、
数値自体は安定していたため、ぼくらにとっては突然の出来事でした。
この日、僕が意識のあるあまずと対面できたのは、
チアノーゼを起こし、おママさまがあわてて病院へ連れて行くとき、
玄関先で見送った2秒間だけでした。
あまずたちは27日のお昼から30日の朝まで、
おママさまの実家にいたのです。
僕は30日、みんなが帰ってきたことに気づいていたのに、仕事が忙しくて、
キリのいいところまで片づけてからリビングに行こうと思い、
だから、あまずにちゃんと「おかえり」さえも言えませんでした。
最後にあまずをちゃんと抱きしめたのがいつだったのか、
最後にちゃんとお話をしたのがいつだったのか、
最後に一緒に日向ぼっこをしたのがいつだったのか、
僕には記憶がありません。
記憶がないのは、僕があまずと向き合えていなかったからだという
後悔の念が頭の中を渦巻いています。
もっとあまずとの時間を大切にできたはずでした。
今日は初七日と言うそうです。
ピンクと白のお花をお骨のそばに供えしました。
あまずはきっと、新しくできたお友だちと一緒に川を渡っているところ。
天国にはあまずのお姉ちゃんも弟も親戚もパパワンもママワンもお友だちも、
そしてKさんも、みんないる。
ひとりぼっちじゃないから、いいね、あまず。
こちらは、あまずが大好きだった近所の河川敷にて。
今年も春が来たね、あまず。
夜、外食をしたぼくらは、あまずの写真とお骨を入れたキーホルダーを
テーブルに置き、あまずが好きそうなメニューを注文しました。
けれども、食いしん坊なあまずのことだから、
何を頼んでも、おメメを血走らせながらガツガツ食べただろうね^^
あまず、悲しいけれど、お別れなんだね。
きみと過ごした14年と7ヶ月は長いようで、あっという間だった。
ぼくは今でも初めて、きみと出会ったときのことを鮮明に覚えているよ。
なのに、最近は忙しくって、
それに、きみの老いとちゃんと向き合わなかったぼくは、
きみに伝えられなかったことがあるんだ。
あまず、チチとママの子どもになってくれて、ありがとう。
きみを抱きしめるとき、ぼくはとても幸せな気持ちになれたんだ。
そして、できることなら、また、あまずを抱きしめたい。
だから、世界一かわいくて、世界一大切なあまずに、この世で最大の愛を。
この世でいちばん、やさしくて、かなしくて、深い、最後のおやすみを。
2025年4月5日、初七日の夜に
byあまずチチ
ず「チチ、おママさま、ちっち、もう泣かないでくだちゃいね」
【お知らせ】
葬儀は4月1日に家族だけで執り行いました。
お花については、ご遠慮いただいています。
お気持ちだけで、十分にありがたく思っています。
皆さまには、心より感謝申し上げます。
☆☆☆ブログランキングに参加しています☆☆☆
長生きしてくれたあまずに^^
「イイでつね!」のポチをよろしくお願いします♪

