先日、会社を辞めた先輩が交通事故で亡くなった。
29歳で。
皆に好かれてて、みんなの兄貴みたいに慕われていた。
会社を辞める原因となる過ちを犯してしまった先輩だけど、そんなことしても、皆その人のこと大好きだった。
その先輩が仕事を辞めて、連絡を取ったのは一度だけ。
その仕事の後なんの仕事をしてたのかわからないし、これからしたいことがなんだったのかもわからない。
話は変わって僕が20歳の時、僕を一番可愛がってくれていた従兄弟が、30歳でガンで亡くなった。
大学を卒業した後、勉強を続け、本当にやりたい仕事のため資格を取り、事務所への内定も決まり、さぁ夢の第一歩だ!というところで末期ガンが見つかった。
その時タイミングの悪いことに?うちの家族も大荒れだった。
母も末期ガンが発覚しており、少し精神面が不安定になってしまっていた。
そんな中で従兄弟が亡くなってしまったことは、うちの家族へはしばらく伏せられていた。
この話はいつかするかもしれないけど、今日は軽く触れるだけに…w
今日は、母の納骨をした。
亡くなってもう少しで4年たつから、やっとという感じだけれど。先日墓が完成したからね。
4年も経てば、「家に母の骨壺がある」なんて事実は、覚えているけども当たり前すぎて別段意識することではない。は、いいすぎかな?でも、毎日意識することでは無くなっていた。
だけど、お墓に骨を入れる時はやっぱり少しさみしかったし、色んなことを思い出したし、さっき書いたようなことも思い出した。
僕は、来年の春仕事を辞めて独立する。
小さい頃から「社長ってかっこいい」なんて単純な動機だけど、自分のやりたい仕事を自分の手でやりたい。という思いがあった。
その思いを一層強めさせたのは、従兄弟の死であり、母の死でもあると思う。
もしそれがなければ、独立は少しずつお金を貯めていつかすればいい。と思っていたと思う。
でも、人はいつ死ぬかもわからないんだ。
そう強く思うようになった。
最初はそれが怖くてたまらなかった。
僕もそうなったらどうしよう、と。
でも、今は死を考えるからこそ前に進める気がしてる。
明日死んでしまったら、僕の人生はなんだったのか。
本当にやりたいことを先延ばしにしたり、大きなことすぎて恥ずかしくて言えないとか、実行できない…
だからもう少ししたら…もっと大人なってから…
そんなことを考えてるうちに死にたくないな、と考えるようになった。
やりたいこと、やったもんがち
なんて歌詞があるけど、僕が大好きなフレーズだ。
自分の人生の主人公は自分なのだから。
自分のために生きればいい。
勿論、あさはかな考えの自由のためじゃなく、人に迷惑撒き散らすというわけでもない、ということは皆さんわかってくれてると思うけど。
本当に、脅すわけでもなくいつ死ぬかわからない。誰も。
死をマイナスではなくて、生きるエネルギーみたいな物と僕は考えられるようになってきた。
いつ死ぬかもわからないから、僕が主人公の僕の人生。やりたいことは全部やっておきたい!欲張りでもいい!
これが今の僕の人生哲学?w
10年後も自分が生きてたら、これを見て何を思うかまた違うかもしれないけど、今の僕はこんな考え方で、生きている。

