77年の私の音楽鑑賞の歴史で忘れることが出来ないことは、初めて中南米系のレコードを買ったことです。
80年代の中頃から本格的に中南米系のものにのめり込むことになって、今日までに至っている訳で、 それは特筆すべきことなのですが、その時はそういうことになろうとは思ってもいませんでした。
それは、ブラジルのベテラン女性 歌手「エリゼッチ.カルドーソ」の「ディスコ.ジ.オーロ」という英語でゴールド.ディスクという意味のベスト盤でした。その年の初秋、「ニューミュージック.マガジン」 誌で、ブラジル音楽特集が載っており、そのレコードの 紹介もあって、何となく、これはホンの一時の興味から聴いてみたくなったのでした。
それで初めて聴いた印象は、ある音楽評論家が言っていたことと全く同じものなのでした。何か場違いなものを聴いているという感じなのです。ああいうロック専門の雑誌に関係している者からしたら、どうもそういうことになるらしい。例えば、そのコンサートにTシャツとジーパンという格好で行っていたものが、ワイシャツと背広の正調で行かなければならなくなるような、そんな場違いな感じ...要するに大人向きの音楽という印象なのです。当時の邦楽関係で例えると、“細野晴臣“とか“ムーン.ライダース“とかを聴いていたものが、突然“ちあきなおみ“とかを聴き出したようなものと言ったら分かりやすいかもしれません。これは当時オールド.ジャズにのめり込んでいた私の耳にもそうだったのです。まあそのジャズもその雑誌で積極的に取り上げられたことで、一部で一定数のジャンルを形成するようになった、“ブルース“音楽を聴くような感覚だったのでしょう。
そんな訳で最初はあまりピンと来なかったのですが、聞き込むにつれてジワジワと良さが分かって来て、今でも愛聴していますよ。
ブラジル音楽というと、今ではその中南米、ラテンのジャンル全体の大半以上を占めるまで大きくなりましたが、これはその又大半以上は、“ボサノバ“の異常とも言える人気に負うところが大きいでしょう。私には不勉強ながら何故60年代初め辺りから流行り出し、その後 ブームは過ぎ、過去の音楽となった感のあるボサノバが近年、かくもわが国でリバイバルするようになったのかが分かりません。又ブルース初め、“レゲエ“とか“サルサ“など、ロック以外の周辺音楽ブームの火付け役だった、“マガジン“誌で、よく取り上げ、 推していたのはもっと古い伝統を持つ、“サンバ“であったはずです。
エリゼッチ.カルドーソもその系統の歌手なのです。サンバと言ってももっと分ければ“サンバ.カンソン“ということになります。こういう呼称でブラジルで流行したのは50年代のことで、単なるサンバよりも、スローで暗い曲想をもち、“純歌謡“調と言ったらいいのでしょうか、こんなところが正に“ちあきなおみ“の味なのでして、そう、ジワッと来る感じなのです。
私の趣味傾向は、実はブラジル音楽が主流では無いのですが、このジャンルが一番好きなのでして、このナイトクラブ的な大人のくらーい歌謡調音楽からよりジャズ(スタン.ゲッツの影響が絶大!)の要素を取り入れて、 明るい若者向けの感じにして生まれた音楽がボサノバであったのです。ブラジルの下層階級で生まれたサンバも、中流、上流階級的な洗練されたものへと変化して行ったという訳です。その中間をつなぐ役割をしたサンバ.カンソンの時代は、ごく短かったのでした。
この純歌謡調のラテン音楽と言えば、ラテンアメリカで普遍的に広がり、親しまれ、わが国でも60年代を中心に持てはやされたもので、“ボレロ“がありますが、これがサンバ.カンソンにも影響を与えているのは間違いありません。
このボレロこそは、私にはタンゴと並ぶ中南米音楽の二大主流に他ならないのです!
このサンバ.カンソンとかボレロなど、純歌謡調音楽への私の傾倒というのは、元々私に内在していたと言ってもいいのです。それは、先にも触れたように私が育った60年代、幼いなりに知らずに、巷で普通に流れていたその曲調に馴染んでいたことに依るのでしょう。
ただ、それが今日のように私の音楽視聴の主流を占めるようになろうとは、当時は知る由も無かったのでした。