先日「うわぁ…潜在意識ってほんと面白いなぁ」っていう現象を、目の前で見させてもらいました。
しかもその始まりがね。
めちゃくちゃ日常。
ドラマでも奇跡でもなく娘のパジャマ。
そう。
ただのパジャマ。笑
でもそこから、クライアントさんの人生の前提がひっくり返るレベルの気づきが起きたんよね。
今日はその話をシェアしまーす。
きっかけは「娘のパジャマ」
潜在意識と協力関係を結ぶセッションでのこと。
クライアントさんが最近ひっかかる出来事として話してくれたのがこれ。
娘さんが脱いだパジャマを洗濯カゴに入れない問題。
娘の部屋で見つけては「めんどくさいなぁ」と思いながらも、結局自分が洗濯機へ持っていく。
まあ、ここまではわりとよくある話やん?
でも先日。
そのパジャマが置いてあった場所が自分のお気に入りのソファの上。
これにはさすがに「……はぁ?
」ってなったらしい。笑
いや、まあ、これもあるあるよね。
でもね。ここで終わらせないのが潜在意識セッションの醍醐味。
イライラを直さない
一般的なママ友会話だと
・娘に伝える。
・対策を練る。
・自分を落ち着かせる
だいたい、このへんで落ち着く。
でもここではこう聞く。
「何がそんなに引っかかったんだろう?」
と、頭じゃなくて身体に。
すると出てきたのがこれ。
ちゃんとできない子にしてしまった。そんな罪悪感。
え、そこ?ってなるやん。笑
でもね。これ、潜在意識のルール通りなんよ。
潜在意識って「今の出来事」を使って「昔の未完了の感情」を再生する。
つまり原因は今日じゃない。
で、身体を感じてもらうと首から胸、足にかけてグレーのゾワゾワ動くエネルギー。
不快な感覚。
しばらく感じていくとクライアントさんが言った。
「これ…2〜3歳くらいからある気がする。」
娘へのイラッの正体、、、☞娘じゃなかった説。
ここから話は「え、そこ繋がるの!?」という方向に進みます。
不快な感覚には、役割がある
潜在意識にはもう一つ大事なルールがある。
それは強い感情が動いたときこそ、本丸が近い。
どうでもいいことにはそんなに反応しない。
ソファの上のパジャマにザワッとしたのはそこに“私の物語”が触れているから。
潜在意識が「ここ、まだ未完了だよ」って教えてくれている。
そしてグレーのゾワゾワを感じ続けてもらったらクライアントさんが面白いこと言い出した。
「嫌なんだけど…これがあるから、家族(兄)と繋がっていられる気がする。」
え?
どういうこと?笑
「可哀想な私」でいると繋がれる?
話を聞いていくと、クライアントさんは
幼いころ両親にはあまり相手にされず、兄と姉にはいじめられていて“可哀想な子ポジション”だったらしい。
その設定でずっと生きてきた。
大人になった今も家族との距離はある。
でもなぜか兄には少し家族感があったそう。
つまり潜在意識の中で、こういう構造ができていた可能性がある。
家族の中の私=可哀想な私
可哀想な私=兄と繋がれる私
人ってね自分を「欠損のある存在」だと定義すると、その欠損を埋めてくれる誰かとの繋がりを求め続けるのよ。
つまり寂しい私でいることが繋がりを保つ方法になっていた。
潜在意識は正しさや快適さよりも一貫性を守る。
苦しくてもそれが「私らしさ」なら守る。
不快な感覚ですら繋がりを維持するための装置として使うこともある。
でもね。ここでクライアントさんが気づいた。
「ここで兄と繋がれてるんだ。」
その瞬間。身体の感覚が変わった。
グレーのゾワゾワが薄くなりぷるぷる振動しているだけのエネルギーに。
不快感は消えていた。
首や胸の詰まりもない。
そしてぽつり。
「あれ…私、兄にめっちゃ愛されてたんだ。」
その瞬間。
場の空気がふわっと変わった。
身体が先に知っている
証拠を集めたわけじゃない。
ポジティブに解釈したわけでもない。
ただ身体が先に知ってた。
さっきまで不快だったグレーの感覚はもう敵じゃない。
潜在意識がほどけるときってね理解より先に安心が来る。
身体が「あ、もう大丈夫」って言う。
そしてここからさらに衝撃の展開。
「可哀想な私」が覆った日
きっかけは娘のパジャマ。
でも本当のテーマはそこじゃなかった。
グレーのゾワゾワを感じ続けた先でぽつりと言った、クライアントさんの言葉。
「私、兄にめっちゃ愛されてたわ。」
彼女はずっと
私は可哀想な子
私は寂しい子
その物語で何十年も生きてきた。
でも身体が思い出したのは真逆。
いじめられた記憶もある。
距離感のある家族の感覚もある。
でも同時に「絶対的な愛が、ずっとあった」って、、、わかってしもうた。笑
これが潜在意識の再統合。
バラバラだった記憶と感情が、今の安心した身体感覚の中で
結び直されること。
過去の出来事は変わらない。でも
「その出来事を通して私は何者か」という定義が静かに更新される。
つまり人生の前提が変わる。
クライアントさん
「え、やばい…けっこう衝撃なんだけど。」
って呆然としてた。笑
そりゃそうだ。
「生まれつき寂しい人間」だと思っていた人生が
「絶対的な愛があった人生」に反転したんだもの。![]()
*
最後にもう一度、娘さんのパジャマを思い出してもらった。
すると。もう罪悪感も、恥ずかしさもなかった。
これは問題解決レベルの話じゃない。
“可哀想な私の人生”という物語が終わった瞬間。
*
今回は表層どころか前提がひっくり返る層の潜在意識まで、ぶっとんでいったセッションでした。
生きる土台が変わる瞬間に立ち会えて、ほんま幸せやったな〜♡
あなたはどんな物語を信じて生きているんだろう。
どうせなら、自分好みの物語で生きたいよね。




