ある日

 

事務作業をしていたら

急にサーッと雨が降ってきました

 

10分くらいで今度は日が射してきて

その時わたしは

 

(いまなら虹が見られそう!)

 

と急いで外に出ると

案の定キレイな虹がかかっていました

 

 

その時ふと思ったんですよね

 

(雨が降らないと虹は見られないんだな)

 

虹が見たけりゃ雨乞いしないとってことかぁ

 

 

恵みの雨ともいうし

実際に雨が降らないと生きていけないわけですが

 

しかし雨は先日の豪雨のように

人々に災難ももたらすし

昔話でも雨は人生の試練のように扱われますよね

 

雨(雨雲)は太陽の光を遮るからだろう

 

 

そんな雨が止んだ時に合図のように

あの美しく神秘的な虹が出現するのだから

虹が希望を象徴するのも頷けます

 

 

昔からわたしは虹が大好きなのは

キレイだとか神秘的だとかだけじゃなく

 

どこかでそういう暗さの後の明るさに

思い入れがあるからなんでしょうね

 

なんかね

 

ただ明るいだけじゃあんまり共感しなくてね

 

 

ああ、そんなオリーブグリーンな自分(笑)

 

 

IMG_6020.jpg

 

 

奇跡のコースでは言うんですよ

 

許しとか奇跡とか

本来は必要ないものだって

 

 

最初からすべてが許されている世界が

本来の世界なのだとすれば

そういう世界に「許す」ことなど必要ないのです

 

ただ私達はまだエゴの幻想を見ているので

エゴから目覚めた時に許しを経験する

 

もし私達が完全に目覚めたら

世界から許しは最早なくなるだろう

 

晴天の空に虹を見ることがないように

※たまに彩雲とかあるけど

 

 

しかし虹が大好きな私は

これからも虹を見たいのよね

 

完全に許されている世界を望みつつ

許しも経験したがっている

 

 

最近この矛盾する心に整理がついてきました

 

完全に許されている世界は既にここに在るということと

日々許しを経験することは同時に存在しているって

 

それにね

 

人間には完全は無理だって思ってるからなぁ

 

でもだから面白いんですよね

 

「すでに目覚めている」より

「目覚める瞬間」が面白い

 

自分も人も生きることも滑稽というか面白い

 

 

10月の即位の礼のとき虹がかかり

先日のパレードはこの上なく晴天でした

 

虹よさようなら

 

・・・とはならないから大丈夫(笑)

 

 

 

ブログをお読みいただきありがとうございました

クリックしていただけると嬉しいです

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村