CoccoのライブDVDを買ったのをきっかけに
大好きなCoccoの音楽に久しぶりに浸っています。
私の独断と偏見で
Coccoの音楽とタントリックイルミネーションボトルは、似てる。
その話はまたそのうち書こうかな。
DVDの彼女は相変わらずやせ細った身体。
Coccoは以前から自傷癖と拒食症があります。
かつて私は
傷だらけの手首を剥き出しにして歌う彼女に大変なショックを受けました。
傷の酷さに驚いたのでも
そんな姿を人に見られても平気な彼女に驚いたのでもありません。
彼女が私の中にもあることがわかってしまったからです。
問題は。
Coccoが自分の中にもあるのを知ることよりも
それにショックを受けてしまうってことですね。
でも大抵の人はショックを受けるだろう。
何故ならそれは、激しい憎しみと罪悪感の証なので
(少なくとも私はそう受け取った)。
ただ、私はそれでもCoccoの音楽を憎むことはできない。
なんでだろう?
やせ細って傷だらけの残酷なCoccoの身体から放たれる音楽には
憎しみと同時に
すべてを最初から赦している聖母のような愛が垂れ流され
(垂れ流されるという表現がぴったりだ)
私はそれに凌駕され、いつしか癒されているのです。
憎しみと慈愛が織り交ざり、ひとつになり、癒される。
私にとって、Coccoがタントリックイルミネーションだと感じるのは
そういうところなんですよね。
慈悲 とは 悲しみを慈しむ。
最近自分の中に、生まれて初めて?「慈しみ」という感覚を感じています。
女性性が解放されたからかな。
AKBにも癒されるけど、Coccoにも癒されるわぁ。
※「焼け野が原」は何度聞いても泣く。 ←よくよく考えるとすごいタイトルだな