実家に帰るときはいつも湾岸道路を使います。


晴れた日の湾岸道路は空が広過ぎる。



青空ボトル



青い空を見ながら車を走らせ

つらつらと考え事をしていると、ふと


・・・なんにも囚われていない身軽な自分に気づきます。


「すべてを忘れ、両手を空にして、神のもとに行きなさい」


ACIMのレッスンの言葉が思い出される。


あまりの身軽さに


「死ぬときってこんなかんじなのかな。

わたし、死ぬのかな・・・」


などと考えてしまう。



何も手に持っていない感覚は

(何も持っていないのに)満ち足りていて。


・・・いつか父とそんな話をしたいな。




母のスカートに、父のシャツにしがみついていた手を

いつしか放したくなるように。


私は自分にしがみついていた手を放そうとしています。

(「いるみたいです」にしとこう、笑)



そうなると


もう自分を必要としなくなるわけですが


・・・・・それが自分を愛しているということなんですね。


自立ってそういうことか。

手放そうとして初めて本当に分かった気がする。


だとすれば


必要とされないことを恐れなくていいんだな。



「わたしはあなたを必要とはしていません。ただ、大好きです」



・・・あ~~言っちゃった。


でもダメだ。まだダメです。

まだ必要とされたいと思っています、自分。


誰からも必要とされないのが怖い。

誰のことも必要としなくなるのが怖い。



まあ・・・しょうがないか。


レッスンしよ。ボトル使お(笑)。