私は旅の荷物が異常に少ないとよく人に言われます。
修学旅行のとき男子が紙袋で来ちゃったりする、あんな感じ?
例えばオーラソーマのコースでイギリスに2週間行く時も
私のスーツケースはみんなの半分くらいのサイズです。
それでも中はスカスカ。
スカスカだと荷物がよれちゃうのが嫌で
頑張って余計(だと思われる)ものも入れてやっとそんなもんです。
※だからいつも帰りの空港で
パンパンの人の荷物を私のスーツケースに入れてあげるの
下着は洗えばいいし、アクセサリーの「代え」なんて持ってかないし。
常備薬は持っていくけど
いつも飲んでるサプリは旅の間は飲まなくていいや、となるのね。
なので
行きですでに20kgオーバーしている人のスーツケースには
一体何が入ってるんだろうか?
わたしには不思議で不思議で興味津々なのです~。
あと例えば本なんかも。
カバーはすぐにはずしちゃう主義(主義というほどでもないが)。
当然本屋さんでつけてくれるカバーも「けっこうです」と断ります(笑)。
つまりこういう状態ですね。
ローカル線のボックス席で
ボロボロに読みつぶした裸の文庫本を読むシチュエーションとか
・・・・・・・・・・ステキだなぁ。 ← 話がそれている、苦
しかしそんな「Simple is the Best」な私にも最近変化が。
なんと、本にカバーをつけて読んでいます。
これは自分としてはとても驚きです。
ただ。
「やっぱり本にはカバーが必要だ」と思い直したわけではありません。
つけて読みたくなるブックカバーに出会ってしまったんです。
それは
麻の生地に見返り美人猫の刺繍がはいった和風ブックカバー。
これで読んでると、本の中身はともかく
自分が大正時代の書生になった気がして楽しいのよ~。
見返り猫も可愛いし。
これもまた
最近私の周りにある「ワクワク」のひとつなのでした。
・・・とすると、私にとってブックカバーは
「本を破損や汚濁から守る為」としては必要ではなく
(だって読みつぶしたボロボロの本が好きなくらいだし、笑)
「より楽しく本を読む為」に有効であるときに必要だと感じるみたいです。
ひいてはこの傾向は本に対してだけではなく
およそ全てのモノや人に対して同様の感覚があるものと思われます。
面白いな。
「余計なものは持たない合理主義」
であり同時に
「ただワクワクするものを持ちたい」
んですね。
つまり私にとって「ワクワク」は
「余計なもの」ではなく「必要なもの」なのですね。
最近モノをもらうことが続いて、そんなことを考える今日この頃。
そういえば・・・あ、でもそれはまた今度。