平成22年2月2日、午前2時2分
先代のボルゾイ、ベスウィックが、天国へと旅立ちました
その数字に、何の意味があるのか
私に、いつまでも覚えておいて欲しかったのか
忘れようとしても忘れられません
ベスウィックは、早いうちから心臓が悪くなっていたのか
暑くなってくると、お散歩に出ても、
帰りに止まってしまって、歩かなくなる事が良くありました
そんな時は、1時間でも待ってゆっくり帰ってきました
なので、夏は、ほとんどお散歩に出ないで、
クーラーの部屋に閉じこもる事が多くなっていました
可愛そうなので、ほとんどの時間を、軽井沢で過ごす事が多くなりました
7月の暑い日に、2回ホリプロから撮影のお仕事を頂いて
よせばいいのに、12日、昭和記念公園と、22日、朝霧高原に連れて行きました
朝霧高原の帰り道、息が苦しそうになり、もうだめかと思いました
氷で冷やしながら、何とか軽井沢までたどり着き、動物病院へ
その時は、簡単に、熱中症かと考えていました
2,3日して、また呼吸が苦しくなり、病院へ
診断は、肺水腫で、肺水と腹水が溜まっていると
心臓が肥大して、血液が逆流して
何時、弁が外れてしまうか判らない状態でした
痙攣発作を繰り返し、長くはないと感じていました
9月22日、
余命がたった4カ月で、7月から数えると、後何日も無いと聞きました
病院からの帰り道、車の中で涙が止まらず、泣き続けました
翌日、ベスウィックが発作を起こした時、涙を流しました
ベスウィックが涙を流したのを見たのは、初めてでした
自分の命が長くない事を、悟ったのでしょう
ベスウィックが居てくれる間は、絶対に泣かないと決めました
それからは、東京に帰るのは無理だと判断して
頂いたニトロを用意して、軽井沢での生活が始まりました
毎日発作を起こして、何回も、もう駄目だと思う時がありました
でも、余命をはるかに超えて、ベスウィックは、1年半も生きてくれました
ベスウィックが寝ていると思って、涙を流していると
そっと腕の上に顔を乗せてきて、悲しまないで、と言ってくれたり
黙って手を舐めてくれたり
側に行くと、痙攣を起こしていて苦しくても、尻尾を振ってくれました
可愛くて、その存在が無くなると思うと、たまらない気持ちでした
私はベッドから降りて、布団で寝ることにしました
しばらくは、隣で寝てくれたのですけれど、苦しくなったのでしょう
ほとんどの時間を、ソファーの上で過ごすようになりました
肺に水が溜まり、腹水も溜まってくると、横向きに寝るのが苦しくて
伏せの状態で、ソファーの肘替えに頭を乗せる姿勢しか、出来なくなります
毎日発作を繰り返し、ご飯は食べられなくなり
痩せて、水の溜まった胸だけが大きく、立派だったベスウィッくは居なくなりました
そんな姿がかわいそうで、一時は写真を撮るのを止めようと思いました
でも、これがベスウィックだと思い直しました
亡くなる少し前、1月19日、疲れて寝ていると、
歩いて側に来て、苦しいのに、しばらく一緒に寝てくれました
21日には、寝ている私のほっぺに、お鼻をすりよせてくれました
それが、ベスウィックの最期のお別れでした
亡くなる1カ月前くらいから、痙攣がひどくなり、泣いて泣いて
トイレにも出るのもふらついて、動けなくなりました
余程苦しかったのだと思います
泣いているのを見ているのが辛くて、もう頑張らなくていいと。。。
1月31日夜、私がお風呂から出るのを待っていたかのように
ベスウィックは、ソファーから降りて、倒れて、のたうち回り始めました
丸1日以上苦しみ続けて、
こんなにも心臓病は苦しまなくてはいけないのかと。。。
もう眠りなさいと、目を閉じてあげても、また開いて
最期まで、私を見つめていました
私の事を絶対に忘れないように、覚えておくように。。。
平成22年2月2日午前2時2分
雪の降る、寒い夜でした
ベスウィックは、私の元から、永遠に旅立ってしまいました
後で、体の下になっていた側を見ると
皮膚が破れて肉が見えて、血が出ていました
それほど苦しかったのです
ベスウィックは、私が大好きで、私が出掛けると泣いて
帰るまで、いつも出窓の所で、待っていました
いつも何処からでも、私を見つめていて
何処にでも付いて来ました
ベスウィックが居てくれたから、沢山の方と出会えて
沢山の楽しみを、もらいました
ベスウィックは、母の亡き後、いつも一緒に居てくれて
私に限りない愛情をそそいでくれました
ベスウィックは、私に最高の幸せをくれました
最高のワンコです
あんなワンコには、2度と巡り合えないと思っています
ベスウィックが居なくなって、1年以上ワンコを見るのも嫌でした
毎日お散歩していた公園の近くにも、行けませんでした
1年以上経って、お友達が、ワンコと遊んでやってと連れてきてくれて
急に、今までこらえていたものが切れて、ワンコを飼いたくなりました
そして来たのが、アマランスです
ベスウィックが居なかったら、アマランスもデイブも我が家には居なかったでしょう
いつまでたっても、ベスウィックを忘れることはありません
いつでも何処かで、私を見守っていてくれると、信じています
天国へ旅立つ少し前の秋 10月20日

その少し後、ベスウィックの8歳のお誕生日 12月26日

2月2日 お空に帰りました
8歳になったばかりでした
長々とお付き合い頂いて、ありがとうございました
心より感謝を込めて