100年振りにブログを更新する。
この場所(ブログ)は漫画の考察をしていこうと思っていたが、好きなことすら怠けるようになってしまったので、その原因を探るために日記帳へ変えることにした。
このアメーバのアプリをちらちら見ていたが、なぜか毎日20くらいのアクセス数があった。いったいどうしてだろうか。まだ自分の事を気にかけてくれる人がいる、と前向きに解釈して、精神の負担を軽くする第一歩にこの場所を使おうと思う。
誕生日を節目に、自分について振り返ってみると驚くほど何も無かった。
いったいなぜ、なぜ、と掘り下げていくにつれて、それは自己肯定感が低いことであることが分かった。
自己肯定感 とは、自分自身を短所を含めて肯定すること。と書いてあった
自分の個人的な事情はとるに足りない、価値がない、友人も誰も関心がない、何か話したら迷惑だ。という思いが先行してしまい好きなこともやりたいことも思いつかない。
果たして、こんな人間がもし自分の周りにいたらどうするだろうか、
答えは簡単だった。
それは安心させること。「大丈夫、それは君が思っているだけで私は気にしてないよ」などと声を掛けるに違いない。
が、その当然の愛情が自分に向けられない。自意識が過剰になってい過ぎていた。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか、
思い出したくない過去を思い出す
昔から私はいい子のタイプだった。学級委員やキャプテン、リーダーの枠にはまず入れられた。
小中高と続けられてそれはいつしか目的意識や行動原理が自ら選択したものではなく親や大人の期待に応えるのが目的にすり変わっていた。
自分が今までやってきたのは全て大人のためであった。
そして、この呪いは私からやりたいことを奪っていってしまった。
幸せ、楽しい、という当たり前の感情を取り戻したい。
真っ黒な絶望感に包まれていく。
私はいつしか自分の話をするのができなくなっていた。
そして会話を繋ぐために事実や現象についての話しかできなくなっていた
この呪いが解ける日は来るのか。