しゃけ父のブログ -24ページ目

しゃけ父のブログ

備忘録、みたいな。

さいきん、古い機種をいじってたので、あらゆるトラブルが降ってわいた。

電池切れしたりね。

それらには対処できてたんだけど、家でつかってるメインがとつぜん不調に。

なんかきゅうに再起動して、え なんなの? とおもったら、

wifiにつながんない。

ケーブルさしてみたんだけどやっぱダメ。

えLANつないでダメなことってある? なにがおきた。

 

ひごろgoogle経由で家と職場を共有しつつ仕事してるんで、

ネットにつながんないとこまるの。

 

で、あの12年もののノーパソもってきて、キーボードもマウスも

画面も接続して、いまそれでつかってる。

Rがふるくていまのデータが開けなかったから、そこ新しくしたり。

 

なんとかなるなあ。わたし、そんなにすげえスペックを必要としないのかも

(場合によるわけだが)。まあ論文くらい書けるわ。

 

とはいうものの復活してほしいところ。

AIせんせいによると、「放電すれば?」 ってことだったので、

いまあらゆるケーブルを外して放置。

さて、どうなるか。

 

(追記)

なおったー。いまそのパソコンから。

ほんとに放電がきいたみたい。AI先生ありがとう。

 

どうもわたしAIとは相性がいいみたいで、

(そっちの研究はしてないんだけど)

わりといつも彼らはたいへん有益なサジェスチョンをくれる。

 

 

 

 

いくつかの同窓会、結局ぜんぶパスしちゃった、すまぬみんな、なんだけど、

写真はネット経由で送られてくる。

 

いやーなんていうか。

 

みなさん10年以上は会ってないわけかなあ、学会でちょろ、とか

なかったかなあ。高校の連中とは卒業以来だしな。

 

わかんねえのよ。誰が誰か。

50から60にかけて、ずいぶん変わるみたいだな。

びっくりだ。

いや自分だって相当なもんだけどね?

 

容姿が衰えるってのは、つまりは生殖の機会がなくなるってことで、

まあそういう年回りだってえことだな。60だしな。

そういうふうにできているのだろう。

間違えられちゃ(次世代の人たちが)困るもんなあ。

 

まあ、ぼちぼち死に始めてるし、そういうことだろう。

あとなにができるのか、しなきゃ駄目か、考えつつ生きよう。

といいつつ、きょうは休日出勤して実験。

あちこち閉まってて不便ではあるが仕方ねえ。

 

どうも卒業ソングには二通りの方向があるみたい。

 

風に吹かれて駆け抜けていったり、翼に勇気をこめてとんでいったり、

さあ今、銀河の向こうへ飛んでいけえ  っていう、まあ散り散りバラバラさらば友よ系と、

 

僕らはきっと待ってる あの街で会おう僕らの約束は消えはしない  っていう、

約束の地でまた会おう系の。

 

前者は去りゆくものへのエールだろうし、あるいは自分を鼓舞するってとこもあるかも。

後者は、それでもまたいつかは会えるさっていう慰めなんだろう。

どっちを選ぶか、でその学校の雰囲気がわかるかもしれない。

 

自分で考えるとどうか? わたしはひとりあなぐま県に来ちゃったわけだけど、

東京とか足げに通ったこともあるけど(仕事を兼任してたもんで)、

もうやんないわ。そんなリキがのこってねえ。

今年は還暦だっていうんで同窓会、高校のも大学のもあったんだけど、どっちもパス。

すまぬみんな、会えないもんだよなあ。

 

ところで、同窓会に出た人の話をきくと、どうも当時、ぶーぶー文句を言ってた連中が

わりと集まってるみたい。わりかし出来の良かったやつらが欠席する傾向がありそう。

なんだろうかなこれ。まあ、偉くなっちゃってて、身動きがとれないのかもだな。

あるいは現状に満足してて過去を振り返らないのかもしれん。

俺はどっちだろう。まあ、えらくはないか。

 

 

最近は振り返ってちょっと懐かしむなんてのもあるかな。

春愁とか。Mrs. Green Appleですな、これいいよね。

3月5日。レミオロメンだ。卒業ソングじゃないかもだけど。  

ああ、どっちも最近じゃねえか。何年前だ。まあおっさんはそう考えがちなのだよ。

あと、これらすっごく良いのだけど、たぶん合唱は難しかろう。

あのちょっと脱力したボーカルごと味なんだろうから。

 

 

 

 

すげえな。権力もってて嬉しい、やりたいようにやってやれと。

教育省を廃止ときたか。

だれも止めようとしなかったのかなあ。

反知性国家になって、みんなで庭先でニワトリでも飼うのかな。

 

 

 

 

 

退役軍人なんだから銃くらいもってるよな。

このへんの人々が止めてくれるかもしれない。

もちろん、いっぺん崩壊してくれてもかまわないけど。

シオニズムとは無関係な国になってくれないかな。

 

 

 

次女の卒業式、ふつうに蛍の光と仰げば尊しだったんだけど、

旅立ちの日のほうがみんな知ってるし良かったという。

でも、だれも旅立たないんだよな。

そう期待されてない、県内にのこってっていう学校。

勇気を翼にこめちゃ駄目。

 

わたしらのときは巣立ちの歌だった。いざさらば、さらばせんせえ。

 

小学校のときに誘われて合唱部にいたのだけど、そこでは

草原の別れを歌った。だいたい二部合唱が多かったけど、

これはユニゾンでソプラノパートを。

ってか曲名をおぼえてなかったけど、ぐぐったら出てきた。

 

1982年に出版ってあるけど、わたし歌ったのは76年とかだ。

これたぶんカンダ先生、どっかで耳コピしてきたな。

記憶と歌詞が微妙にちがうのもそのせいだろう、駆け抜けていったりしなかったし。

作詞は阪田寛夫さん。作曲は大中 恩さん。さっちゃんの作者だ。

 

 

あじさい色にはなやぐ空 青く光る山
やさしい風がそっと告げる 別れの今を
草の海輝いて このさわやかな日よ
さらばふるさと さらば友よ
すこやかにあれ

悲しみの日々苦しい夜 数々の思い
心雄々しくふるいたてと 風がささやく
草の海ふきわけて かけぬけて行こうよ
さらばふるさと さらば友よ
輝いてあれ

風に はためく るり色の空

 

やっぱすきだなこれ。カンダ先生こわかったけど、審美眼は確かな人だった。

空の色がかわってくのは、早朝から昼前にだったのかな。これも旅立ちだし。

 

ここにようつべ版があるな。

2022年のコンクールで使われたのか。ありがとうありがとう。

阪田先生が亡くなったのは2005年、大中先生は2018年だ。こうして忘れないでいるのは重要。

ってか音楽って作者よりも長生きするよな。

 

ああ最近は群青かも、ともおもう。

故郷に帰りたいって意識がつよいうただけど、これは涙なしにきけない。

あれから二年の日が 僕らの中を過ぎて
三月の風に吹かれ 君を今でも想う

 

きのうは14年目の3.11だったな。

 

 

 

 

 

浮いちゃう、に関して。

 

落ちこぼれの反対に吹きこぼれってのがある。

講師としては、そうならんように気をつけねばならないんだけど、

まーこぼれてたねきっと。

ちょっとひどい授業だったのね。

専門学校って、大学から講師を招いたり、

卒業生がやったりするんだけど、まあ、揃わねえよなきっと。

台所が苦しいだろうね。

 

ちょっと招いたひと、某国立大の先生だったんだけど、内容がひどかった。

生物学なのに霊魂の話がはじまるふうだったらしい。

なんだそりゃ。ちゃんと生物学をやれよ。

アリストテレスがいかに偉大だったのかとかも。

素人かよ。

あれは学問の父だったかもだけど、さいてーなDV野郎だった。

こいつを社会的に抹殺するところから科学は始まっているのだ。

ってなことが理解できる子がその講義を聞いてるかもしれないって、なんで考えねえかなあ。

まあ大学にも馬鹿はいるけど、これはちょっと手が付けられないレベルだ。

当然、学校に抗議したけど、うやむやにしてたね。

まあ子供が卒業してしまえばもう私も無関係だしねえ。

かわりにやって? って言われたら辞退するだろうから。

 

あと、あなぐま県ですが、

もっかのところ優秀な子はぜんぶ県外にでていってしまう。

どこにものこらない。県庁にも市役所にも。

すると、優秀なやつは、なんとなく浮くのね。

いいわねえ頭よくて、的な。いやだいやだ。

こう考えると、お先まっくらである。

いま田舎ってどこもそうなのかなあ。

 

わたしはあなぐま県きらいじゃない、

長く住んだし愛着もあるんだけど、

子供に強いることはできねえな。

長女も次女も東京だあ。下のものらもそんなんだろうな。

まあ、若い人がのこらない社会は衰退するよね。

これは必然だ。

 

 

 

 

すごいなトランプ、ほぼキチガイな状況だし、止められる側近もいなそう。

 

 

プーチン化していると。たしかに、真似てるし、そうありたいんだろうな。

 

 

したらまあみんなそっぽ向くよね。

 


こうやってどんどん米国は孤立していくんだとおもう。

でオシマイ、ならいいんだけど、あんだけ大きいと、

倒れるときにまわりをなぎ倒すよな。

 

まあとりあえず関税かけまくるみたいだから、

食料とかパーツとか供給されなくなるだろう。

鶏を飼えとか言ってるらしいし、

国としてだんだん弱ってくるよね。

それで静かに枯れていってくれないかなあ。

 

いま政府の職員をどんどん削ってるらしい、軍隊もそうしてくれるといい。

 

 

まゴルフでもして、です。

その間は悪さをしないだろう。

 

 

3年間、専門学校にいくためにもどってた。

その前は東京で働いていて、

その前はカナダで高校だった。

 

大学に行きそびれちゃったんだなあ。

まあ留学でカナダで大学って、たっかいのよ。なんてこともあり。

高卒で就職して、やってられっか的なことがいくつもあったらしい。

なら帰ってきて、こっちで専門学校いくかね?

で、しばし私のところに戻ってきてた。

友達も連れてきたので、そいつは食客あつかいで。

 

きのうは卒業式で、なんていうか、無双だった。

いろんな賞をとりまくったダントツの主席だった。金一封までいただいちゃって。

ってくらいなので、まあ学校では浮いてたらしい。

(しまったなあやっぱ大学にいかせるべきだったかとは。)

とりあえず愚痴はいっぱい聞いた。

いま放送大学生ではある、それがおわったらまた大学に編入しようかな、とも。

 

国家試験うけたんだけど、まあ通ってることでしょう。

ってわけでとりあえず東京で就職でござんす。

あなぐま県は、ちょっと居づらいらしい。わかるけど残念。

 

さっき空港いきのバスを見送ったところ。

これで私からも卒業だな。

 

きょうだいの中では、この子がいちばん手がかかった。

やりたいことが多すぎてフォローがたいへんなのね。

高校も最初は東京だったし

(わたし東京に住所を変えたりしたのよ、しばらく税金も東京に収めてた)、

そこも嫌だってんでカナダに出したりね。

この3年間でも、学校へとか実習先へとか、送り迎えを何百回したことか。

突然に電話かかってきて呼び出しとか日常。よく仕事できてたな私。

 

まあでも、子供って卒業するんだよなあ。

手がかかっただけに可愛いかった。

あの子の愚痴を聞けなくなるのかと思うと、ちょっと寂しい。

 

ちゃんと生活を作っていけるのか、うう怪しいのだけれど、

長女の家のご近所だし、しばらくは世話になれるかな。小遣いをあげとこう。

私が押し掛けてやりたいとこだけど、仕事が残っているのでなあ。

近所に定食屋を探せよ、と。あるかなあ、あんなハイカラな街に。

卒業したとかいいつつ、心配は尽きないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

もうひとつ断っちゃった。やや時間ができたんだけど。

 

まあワクチンの論文で、ファイザーとかのmRNAのやつね、

これをどうしたらもっと打ってもらえるかなあって立場のひとの論文。

 

わたしはこのワクチンは失敗作だとおもってる。

事故の多さ、効かなさにくわえて、

IgG4問題が明らかになったからだ。

もう私は自分には打たないし、人にもすすめない。

あきらかに、新しい次のやつが必要だとおもってるので、

その種の論文のレビューにはできるだけ協力している。

 

ファイザーのをもっと打ってなんていう論文を私が見たら

相当に厳しくなるはずだ。バカいうなよ、とかいいたい。

まーこれはフェアな態度じゃないよなあ。

というわけで遠慮することに。

 

編集者から、時間をとらせてすまないってメールがきたので、

どうかお気になさらずに、と返した。

こういうことも、あるわなあ。

 

ちなみにだけど、まだ駄目だよって返すことだってあるよふつうに。

この実験が足りてねえとか、統計処理しろとか、とにかく現状は駄目だからと。

それが、適当ないいわけしてまた出してくることがある。

そんときはリジェクトを要求する。

リジェクトってその研究を葬り去ることだから滅多にはやんないけど、

そのまま出てくると人々を惑わすってときはほかに道はないと思う。

 

こないだn=3でずっとつっぱしったのがあって、

でも差がほとんどないので、もっとやれと返したら、

n=3の論文は他にもあるとかほざいてきた。

さらに、計算やりなおしたらP値がさがったと。

これはもうリジェクト。信用ならねえ。

差が明白だからn=3でも納得するんだよ。

あと、そりゃ計算方法はいくつもあるけど、

あたるまで方法を変えるのはもう改ざんなんだよ。

そのへんわかんねえかなあ。

だれかルールとして明文化してくれないかなあ。

 

あと、一読してつまんないと、ことわる。

時間がないからって言う。