もう10年以上前のことなので、今は変わっているかもしれないけれど、

ある高貴な神職についている人たちは携帯電話を社用と外用に分けて所有していて、

社用の携帯電話が壊れて機種変更した出先で着信があり

「けがれないように、ビニール袋に入れたまま通話した」と聞いて、

穢れと汚れの違いを理解してなくても神職に就けるんか〜い!という事に衝撃を受け

「私なら、思うことや話す内容に気をつける」と言ったっけな〜

 

🎼明菜様のメロディーで歌って覚えよう♪

よごれじゃないのよ、けがれはハッハ〜ン

物質じゃないのよ、穢れはホッホー♬

 

 

先日リブログさせて頂いた瀬知洋司さんの

『許さなくていい 相手に関心を向けない』

 

このことを実践していく上で大切なのは

関心を、相手や物事など外側の現象に向けるのではなく

自分の内側へ向けていくということ。

 

外側の現象が荒れ狂っている(ようにみえる)ときこそ

内側の反応を拾うチャンスだから

内観して本来の自己ではない幻想を手放していきたい。。。

 

”現実を変える最初の一歩:自分の中の「苦しみのタネ」に気づく”

 

平野馨生里さんの『石徹白洋品店物語』(婦人之友社)がとてもよかったので、

図書館で松場登美さんの『過疎再生』(小学館)を借りて読んだら、絶品だった。。。

 

20年以上前にフェアトレード&自然食の店で働いていた頃に、

群言堂の服も扱っていたので、存在は知っていて、

石見銀山のまちづくりについての番組も観ていたけれど、本を読むのは初めて。

 

以下、特に響いた箇所の感想&備忘録として。。。

 

P92〜最澄の言葉「道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし」

=悟りを求める心があれば、おのずと衣食住(生活)はそろうけれど、

 衣食住(生活)を求めるなら、悟りを求める心は生まれてこない。

 

まず神の国と神の義を求めなさい〜系と同じ内容を言われていた最澄に関心を持ち、

ちょいと調べてみたら、法華経に繋がって〜という♬

なんのために生きるのか…を突き詰めれば、この境地に到達するわけだな〜♬

オイラは無宗教だけど、この言葉は実感を伴う真理であるよ。

 

P136〜グラフィックデザイナー佐藤卓さんのお話

「デザインはどこまで自分を消せるかということなので。

 どこまで自分を消して、お役に立てるかがデザインだと思っています。」

「人間ってつい自我が出るので、できるだけ早くそれに気づいて消し去ることは、

 本当に心がけています。」

 

オイラも仕事(保育)をするうえで(普段の暮らしでも)

自我を消して神聖な義を求めることを心がけてる今日この頃で勝手にシンパシー♬

「どこまで自分を消して、お役に立てるか」なスタンスで仕事していくと、

問題が生じても、おさまるべきところ(神聖な義)におさまっていくし、

「道心の中に衣食あり」に繋がっていく・・・という♬

 

P144〜合意形成に困ったときは「町の未来」を目標にする

 

保育もチームワークなので、個々の保育観によってブレることがあるから、

集団において、合意形成していくのは困難を伴うことが多いけれど、

目標・目的に立ち返るということが本当に大切だと常々感じていまする。。。

 

そして自分自身においても、大切なことはなんなのか?をみつめること。

今やっていることも、これからやろうとしていることも

その目標・目的「で、どう在りたいのか?」を観ていくとブレないと思う。。。

 

P164〜若者を呼び寄せるために、日本仕事百貨で求人募集をしている

 

 

サイトをみたら、読み物としても面白い♬

次世代を担う若者に、こんな生き方もあると提示できる求人サイトの存在が嬉しい♬

子どもたちの選択肢のひとつにブックマークしときましょ〜

 

 

日々、保育に入っていても

『負の感情を受けとめる』ということの大切さを感じています。

 

そういったこどもたちのエピソードは沢山あるのですが、

年度末でやること盛りだくさ〜んで、しばらく書き記せそうにないので。。。

 

津村記久子さんの「水車小屋のネネ」という物語にも、

許せないままでもいいということが描かれているのですが、

長い物語を読んでいる時間が取れない時にも

「ゆるし」につまづいているACIM学習者にも

オススメ〜のリブログです♬

 

 ”許さなくていいと教えてくれた”

 

遠くの友人たちや親戚への近況報告も兼ねてブログを始めましたが、

Amebaを選んだ理由のひとつが、まきてぃ.さんの存在でした。。。

 

この数年、まきてぃ.さんの沢山の記事を参考にしてきました。

感謝を込めて、初リブログです。。。

 

”2600年ぶりの「奇跡の日」に。古い鎧を脱いで、新しい世界の主役になる方法”

 

森に囲まれた保育園で働いていた頃、2歳女児のママからプチクレームが入りました。

 

『バーベイン先生の真似をしてカメムシを捕まえるから手がカメムシ臭くなるんです』

 

ゴメンナサイ。でも私、捕まえてるんじゃないんです。

カメムシから私の指に登ってくるように誘導してるので匂いを発する事はないんです。

 

『え?カメムシ臭くならないの?』

 

驚かせなければ臭くなりません。でもその模倣は難しいですよね。スミマセンでした。これからは何か工夫しますね。

 

それまでも蜂やアブなどを室外へ誘導する際には何かしらの道具を使用していたのですが

それからはカメムシも素手ではなくメモ用紙などに誘導してから室外に出て頂くようにしてますが。。。

 

道具を使用できない状況はあります。

 

今の職場は住宅地にありますが、蜂やらカマドウマやらゲジゲジやらクモやら…が発見されたら、

バーベイン先生、出動〜園舎内であれば何か道具が使えますが、

プールあそび中は『真似しないでね〜』といいつつ素手でやるしかありません…

 

次女ヘザーが3歳児だった親子遠足での出来事。

遠足先の公園にいた時に10メートルくらい先で悲鳴が上がりました。

女性が頭を振り下げながら叫んでいるところに駆けつけると髪の毛にカナブンが絡まって…

その女性の肩に手を当てて『取りますから落ち着いて』と声をかけ

カナブンに私の指に登ってくれば空に向かって飛べるイメージを送ってから手を差し出すと

カナブンは素早く私の指に登ってきて腕ごと空に掲げると飛び立ちました。。。

 

『飛んでいったから、もう大丈夫ですよ』とその女性に声をかけ、立ち去り始めると

 

ヘザーの母ちゃん、かっちょええーーーっ!!!

 

その一部始終を目撃していたらしき5歳男児が。。。

翌週から、ヘザーを迎えに行くとヘザーがおもちゃを片付けている間

その男児は私の膝に無言でちょこんと座るように。。。

彼的になにか(虫を怖れない)充電をしたかったのかもしれません。

 

コツは『つかまえようとしないこと』

虫さんたちだって、『愛』には穏やかに反応するのです。。。

 

生きていくことは常に選択の連続でもある。

 

何を食べるか、何時に寝るか…という日常のことであっても

人間関係や人生の岐路においての決断であっても

その動機をみつめていくと

「愛」か「おそれ(不安や心配なども含めて)」の2択しかない。。。

 

・・・という事が腑に落ちて振り返ってみると、

物事がうまくいった時というのは必ず動機が「愛」だったということがわかる。

 

地道にコツコツ向き合っていても、知識としてエゴの幻想だと知っていても、

何かのキッカケでドデカイ恐怖心が湧くことがある。

聖霊(真我)に繋がろうとすることさえ困難に感じてしまう。

そんな時、私はフラワーエッセンスを利用しますが、

ジョセフ・ベナー著「地上天国への道Ⅱ」に記されている

『冷静にその恐れと向き合い、それが実にどういったものであるかを見抜く事ができない限りは、一旦、瞑想等の行為をそこで止めて、全神経を集中できる活動的な仕事(外側の世界での仕事)に行動を移した方がいいでしょう』

この行動はやっぱり王道だし、その移行の動機は「愛」なのだな〜

 

 

昨夜、家路を歩いていると、前方の坂から白っぽい生き物が降りてきた。

 

歩き方でキツネだとわかったところで、後方から車が来たので

「キツネさん、キツネさん、ひかれちゃうよぉ」と声を掛けると

道の脇に避け車が通り過ぎると、こちらに向かってきて、

私から2メートルほどのところで立ち止まった。

 

痩せていて、たぶんお腹も空いているのだろうけど、

仕事帰りであげられるものは何もないし、

野生動物に安易に餌付けすることはしたくない。

 

アナスタシア(ロシアの響きわたる杉シリーズ)のように

まなざしで愛の放射が出来たらいいなと願いつつ、

『遭えて嬉しい、お互いがんばろう』という気持ちだけ送った。

 

ほどなくキツネは別の方向に立ち去っていき、

私もこの遭遇に感謝しながら家路に戻った。。。

 

 

午睡中に、なかなか寝付けないでいた5歳男児から

「無限の1コ前の数字ってなに?」と聞かれ、

その時は、数えられる=有限ってことを5歳児に説明することが出来なくて

はじまりもおわりもないから無限の1コ前の数字は沢山過ぎて数え切れないんだよ

とだけ話したのだけれど(その彼は「ふぅ〜ん」と言って寝ました)

無限のひとつまえなんてこと思いつきもしなかったなぁ。。。

 

ずいぶん前のことだけれど、平成元年生まれの甥っ子が小学校の低学年だった頃に

「宇宙より大きいものってなに?」と質問してきた時も、『意識』の説明が出来なくて

わからないけど、心だけが宇宙よりも大きくなれるかもしれない

ということしか言えなかったけど、宇宙の外側について考えるキッカケになった。。。

 

無限ってなんなの?(はじまりとおわりとは?)

いつかは変化(消滅)する、有限ではない確かなものってなんなの?

なんのためにこの宇宙があるの?誰がつくったの?

人間ってなんなの?なんのために生きるの?

・・・といった問いを抱く肉体精神機構たちに指導できること、なにもない。。。

 

目の前の子どもたちと一緒に笑顔で過ごせるように、

わたしが出来うる最善を尽くそうとしていこうと改めて決意した。。。