問題のある子を
親が殺害する
自分が殺されるかもしれない思い
家族が殺されるかもしれない思い
他人を殺すかもしれない思い
このまま、過ごせれるかもしれない思い
いつか、自立するかもしれない思い
自殺してしまうかもしれない思い
揺れ動く
マイナスの想像とプラスの想像の中で
カケだったのだろうと思う。
そして、マイナスの想像の中で
もっとも最悪な
他人の命を奪うという想像にいたっては
我が子に殺人者の汚名を着させるくらいならば、
自分がその汚名をとって
子供は被害者という
立場で・・・・と。
地獄に行くのは自分で
子供は神の元へ・・・・と。
愛していたのだろうと思う
我が子を。
歪んだ愛(個人的には究極の愛かもしれないとも思う)の行使
ため息しか出てこない。
『自分の幸せに責任を持とう』
自分が幸せではいられないのなら
その環境から“出る”行動を起こせ、
自分のために。
自分を幸せにさせないものに
依存し続けるな。
幸せを感じて欲しいから、
自分のために、動け。