『男の作法』
剣さんじゃないわよ。
- 池波 正太郎, 柳下 要司郎
- 新編 男の作法―作品対照版
- 文庫ね↓
- 池波 正太郎
- 男の作法
さあ、粋な男性諸君よ、気の利いた作法を身につけ、ますます、颯爽とお江戸八百八町を闊歩しちゃったりしておくんない。
って、江戸時代じゃあるまいし。
いいの、私は年式が古いから、従来のお行儀とか、その類が好きなのよん。見逃しとくれよ。
小泉今日子でもありません。
『祭りのあと』~一朗君の野球大会
ワールドベースボールクラシックかあ~。
すごいねえ~日本が優勝、アメリカを差し置いて。
まあ、武蔵丸とか曙とか朝青竜とかが横綱になって本場所に優勝するようなものか。
おめでとう!日本!
と、一応は祝辞を述べておきます。日の本の国にてつまはじきにならないように。
そうそう、つまはじきにならないように、これこそが、にわかナショナリズムの弱点。
心から、愛国心やら民族意識なんぞありゃしないのよ。
隣をみたら騒いでる、反対の隣をみても騒いでる、くるっと振り返りゃ、またまた、大騒ぎ、これは皆目何のことやら見当もつかないけど、とるもとりあえず、一緒になって騒ぎの仲間に入っておかないと、あとで、車座に参加できず、変人あつかいされてしまう。そうなったら、一族郎党、路頭に迷う羽目にならぬとも限らぬ、ここはひとつ、わからぬままに、わかったふり(してしまったことありませんか?と問う外国語会話ゲームのCMみたいね)、うれしくなくとも喜びの声、特別に落胆せずとも、あつい溜息、など、周囲に溶け込み、目立たぬように、ヒラメかカレイの変色よろしく、みんな一緒、一所懸命、死なばもろとも(なわきゃない)、ひと騒ぎがおさまるまでは、この風潮に乗っかるが得策だろう。
協調性があるといえばそのとおり、だけど、自主性がないともいえなくもなく。
好きとか嫌いとか、趣味だとか興味だとか関係なく、「応援」なんだから多いに越したことがないといわれればそれもまたしかり。
いいじゃないの、つかの間でも。少しは自分の暮らす国を思い、普段なら言葉も交わさぬお隣さんと、ひとつ話題に触れ、談笑し、叫び、ともに高揚する。平和な風景じゃありませんか?
例え明日からは、『君が代』を卒業式で斉唱することに反対しようとも、一日だけ、日の丸を振りつつ、万歳やら胴上げに興じようとも。
みんなこういう仲間意識や同調感に飢えていたんだから。冬季オリンピックは思ったほどの成果はでなかったし、団体競技の国際試合、しかも、ベースボールと言えなかった時代にも、「私たち、野球やりましょ」と夏目雅子に演じさせちゃうほど、日本全国津々浦々まで、浸透していた、庶民の国技、野球の世界一を決める大会だということ(になっています。真偽のほどは存じません)なのですから。
いやあ、優勝して何より何より。
特に一朗くんはおめでとう。この大会は君のためにあったようなものだね。
みんなが君の勢いにびっくりしながら巻き込まれ、巻き込まれてみたら、存外に気持ちよく、そして、気がついたら、一等賞でゴールインしてたってわけだ。
誰かが一朗君のために、開催してくれたのかな。
本当はもっと自由に自分を表現したかったのに、大リーグ養成ギプスをまだはずすことを許されなかった飛雄馬に、金と力にものを言わせて、明子ねえちゃんが、そっと花園モータースの御曹司に話つけてくれたのかな。
などと、またしても、絵空事の妄想は果てしもなく渦巻きつづけるのでありました。
野球って、金のある国で流行るスポーツだって、前に聞いた。
道具代がかかるから。だから、世界的には、ボール一個あればできる、サッカー人口の方が多いって。
してみると、世界一ったって、限られた世界のってことですかー?どこかよその国では、スポーツどころでなく、今日を明日への命の維持でようやっと、という場所もあるってことでしょうかねえ。
ああ平和なり、日本。
そりゃそうだ。国家の流れるのを聞きながら、胸に手を当てちゃうんだもん。戦前の日本なら、非国民呼ばわりされかねない。
そういえば、王監督も、若いころは「外人」だから、って結構特別視(いろんな意味で)されたらしいけど、今では誰も日本人として監督職にあることをとりたてて意識しないだろう。
経国済民、殖産興業、生めや育てよ、お国のために、いざ行かん、ナショナリズムを引き従えて!
土着型農耕民族としては、なじみやすい感覚なのかもね。
次の国威高揚の場は、何かな~。ちょいと楽しみ。
なんか、傍観者の側によけたくなっちゃうのよね。
アタシ、なんつったって、無責任だから。余分なこと言って、
「おまえ、言っただろ?!」
なあんてことになるの、まっぴらごめんだもーん。
『コーヒー賛歌』
私はかつて詩人であった。
私はいまや私人として時を費やす。
やがて死人となるその日まで。
そして、今日、ご紹介しよう。
『Café』
それは悪魔のように黒く
地獄のように熱く
天使のように純で
まるで恋のように甘い
タレーラン(Charles Maurice de Talleyrand-Périgord)
表示されない場合はWikipedia で「タレーラン」をひいてみてね。







