ベトナム中部、
最後の王朝がおかれた古都フエには
2泊滞在。
滞在先はフォーシーズンズホテル。
しかし、
あちらの☆☆☆☆☆、最高級の
フォーシーズンズホテルチェーンとは
縁もゆかりもなんもない、ただの安宿。
部屋の写真を撮る気も失せるわ。
一泊15ドル。
ホテルのオーナーは
OSAKAにいたことがあるそうで
やたらと日本語で話しかけてきます。
自分の自転車乗っていいよとのことで
2日間、無料でガンガン使用させてもらった。
おかげで田舎の方まで足をのばすことができてよかった。
ダナンからの列車があまりにボロかったので
ホイアンまでの移動はバスで行くことにして
ホテルでバスチケットを手配してもらう。
バスに乗り込んでみると、
思いがけずスリーピングバスだった。
やった~、これは楽チン。
3時間ほどのバス旅も
ぜーんぜんOKですよ~。
途中の休憩所でバスを降りると、
みたことのある御婦人がいらっしゃった。
え~っと、
旅の途中でお会いしましたよね。
どこだったかしら?
考えていたら、向こうもたぶんそう思ったのでしょう。
「私、あなたのこと知ってるのよ」
「ハノイで会いましたっけ?」
あっ、思いだした。
ハノイじゃない!
メコン川のツアーに行ったでしょ。
ほらほら、ルアンパバーンで。
ラオスのルアンパバーンで洞窟に行くツアーに参加し、
メコン川を北上するボートのなかの
私を含めたたった6人のうちの一人
フランスからきていた人だった。
えええ、こんなところでまた再会するなんて~!
ボートの中ではフランス人3人だったので
てっきり一緒に旅してる家族かかなと思っていたら
彼女も一人旅だったのだ。
なんかお互いにすっごい再会を喜び、
ホイアンについたら食事を一緒にしようということにした。
偶然の再会がまた人との繫がりを結んでくれる。
あたりめ。
おかあさんが買ってってしつこかったけど
これ持ってバスに乗り込んだら、
えらいひんしゅく買いそうでしょ。
ホイアンに到着後は
バス停で客引きしてるバイクタクシーのお父ちゃんの背中に乗り
ホテルに向かう。
バイクタクシーはタイやカンボジアでも良く乗ったけど
巧いこと荷物をバイクの前にのっけて走ってくれる。
ハノイに比べおとうさんらの客ひきも強引でないところが好感持てる。
ベトナム語でホテルの名前、住所をメモした紙切れをお父さんに渡したけど
案の定というか、探せなくて
いつものことながら、iPhone始動でマップを開き
お父さんに指示を出しながらやっとホテル到着。
町からかなりはずれた場所だった。
ゲストハウス、一泊18ドル。
部屋は広くて清潔。
大きなバスタブもあって
久しぶりにお風呂に入った。
全体的に好印象。
さて、ホイアンはどんなところか
さっそく散策にでかける。
もちろん、今日もチャリでまわります。
ベトナム中部の フエは
ダナンから2時間ほど北上。
ベトナム最後の 王朝、
グェン 王朝(Nguyen)の都が置かれた古都です。
旧市街地には歴史的建築物が多く残されていて
世界遺産にも登録されています。
ハノイなどの都会に比べ、
さほど大きな街ではないので
自転車があれば十分散策が可能。
旧市街と新市街地、
街を2つにわけるフェーン川沿いは
穏やかでのんびりした空気が漂います。
フェーン川の西側、旧市街にある
ベトナム最後のグエン王朝の王宮と帝廟を見学。
歴代皇帝の住居後や菩提寺などを見ることができますが
フエの位置するベトナム中部は
ベトナム戦争時、南北に国を分けた
The Seventeenth parallel (北緯17度線)付近に位置するため
特に激戦区として激しい戦いが繰り広げられた場所です。
この王朝の建物も
あらかたアメリカ軍の爆撃により破壊されてしまっています。
一時は
500人もの側室を抱えて
この世の栄華の限りをつくしたであろう歴代皇帝たちも、
今は虫の音だけが聞こえる静寂に包まれて眠り
何処と無く寂しそうな佇まいを見せている。
祇園精舎の鐘の音、、、、かっ!
グエン王朝は1802年から1945年まで13代続いた王朝ですが、
19世紀の中頃からはフランスによる統治が約100年ほど続きました。
日本史に照らし合わせてみると、
グエン王朝がフランスの戦いに敗れ、植民地化されてしまった同じ頃
日本でも黒船が来航し、明治維新を経て
日清日露の戦争に勝利していくわけです。
フランスに植民地化されたベトナムの苦難の100年を
そのまま日本史に置き変えて単純に比較することはできませんが
日本という国はやはりアジアの中においても
奇跡としかいいようのない発展を遂げてきたんだなと
感じずにはいられません。
自転車で街外れにある遺跡を見に行きます。
牛がのん~びりと道路を横断。
田んぼの緑が清々しく風にたなびく
ベトナムの田舎の風景が広がります。
遺跡の途中に
線香を作っている村がありました。
日本のものと比べると
とても長くて、カラフルに着色されています。
まるで花火のよう。
おしゃれなカフェがありました。
と、思ったら、
ぼろぼろのカフェ。
フランス統治時代の名残でしょう。
ベトナムには田舎に行ってもいたるところでカフェを見るのですが
カフェといっても私達が想像するようなおしゃれなものではなく
大概近所の人達のお茶飲み場のような役割を果たしているところが多いです。
トゥドゥック帝廟
グエン朝の第4代皇帝が眠る墓です。
生前は贅沢を好む王様だったそうで
夏の別荘として使われていたそう。
王宮からフェーン川をボートで登ってこられたのでしょうか。
蓮池の木陰が涼しそう。
蝉の音だけがやけに騒々しい。
見学されていた
ベトナム僧侶のお二人。
全体的にベトナムの歴史的建築物は中国様式でたてられており
柱や回廊、屋根の装飾品など
中国の影響をたぶんに受けていることが見て取れます。
フエといえば王朝の他に
宮廷料理が有名。
つまりここの王宮で食されていた食べ物が
ベトナム宮廷料理と呼ばれるようになったわけです。
市内の高級ホテルやレストランでは
王朝時代の繁栄ぶりが垣間みれる華やかな宮廷料理が楽しめるそうですが
私は、相変わらず、野菜フォーなどの麺類しか食べておらず
お腹が少しへこんできた。
町で唯一の大型マーケットにあったロッテリアの
フィッシュバーガーとポテトを食べた。
韓国資本のロッテリアはベトナムでチェーン展開していて、
ハノイでもよく見かけた。
おもしろかったのは、
ほとんどの人がハンバーガーではなく
ご飯に鶏肉などがのった
プレートメニューをオーダーしてること。
この大人数のテーブルでは
ロッテリアのメニュー以外にも
持ち込みした、茹でたピーナッツやみかん、その他色々な食べ物が
テーブルいっぱいに並べられていて
大宴会状態。
日本では考えられない非常識さ。
でも、ベトナムでは普通にある光景のようでした。
iPhoneからの投稿
ダナンから2時間ほど北上。
ベトナム最後の 王朝、
グェン 王朝(Nguyen)の都が置かれた古都です。
旧市街地には歴史的建築物が多く残されていて
世界遺産にも登録されています。
ハノイなどの都会に比べ、
さほど大きな街ではないので
自転車があれば十分散策が可能。
旧市街と新市街地、
街を2つにわけるフェーン川沿いは
穏やかでのんびりした空気が漂います。
フェーン川の西側、旧市街にある
ベトナム最後のグエン王朝の王宮と帝廟を見学。
歴代皇帝の住居後や菩提寺などを見ることができますが
フエの位置するベトナム中部は
ベトナム戦争時、南北に国を分けた
The Seventeenth parallel (北緯17度線)付近に位置するため
特に激戦区として激しい戦いが繰り広げられた場所です。
この王朝の建物も
あらかたアメリカ軍の爆撃により破壊されてしまっています。
一時は
500人もの側室を抱えて
この世の栄華の限りをつくしたであろう歴代皇帝たちも、
今は虫の音だけが聞こえる静寂に包まれて眠り
何処と無く寂しそうな佇まいを見せている。
祇園精舎の鐘の音、、、、かっ!
グエン王朝は1802年から1945年まで13代続いた王朝ですが、
19世紀の中頃からはフランスによる統治が約100年ほど続きました。
日本史に照らし合わせてみると、
グエン王朝がフランスの戦いに敗れ、植民地化されてしまった同じ頃
日本でも黒船が来航し、明治維新を経て
日清日露の戦争に勝利していくわけです。
フランスに植民地化されたベトナムの苦難の100年を
そのまま日本史に置き変えて単純に比較することはできませんが
日本という国はやはりアジアの中においても
奇跡としかいいようのない発展を遂げてきたんだなと
感じずにはいられません。
自転車で街外れにある遺跡を見に行きます。
牛がのん~びりと道路を横断。
田んぼの緑が清々しく風にたなびく
ベトナムの田舎の風景が広がります。
遺跡の途中に
線香を作っている村がありました。
日本のものと比べると
とても長くて、カラフルに着色されています。
まるで花火のよう。
おしゃれなカフェがありました。
と、思ったら、
ぼろぼろのカフェ。
フランス統治時代の名残でしょう。
ベトナムには田舎に行ってもいたるところでカフェを見るのですが
カフェといっても私達が想像するようなおしゃれなものではなく
大概近所の人達のお茶飲み場のような役割を果たしているところが多いです。
トゥドゥック帝廟
グエン朝の第4代皇帝が眠る墓です。
生前は贅沢を好む王様だったそうで
夏の別荘として使われていたそう。
王宮からフェーン川をボートで登ってこられたのでしょうか。
蓮池の木陰が涼しそう。
蝉の音だけがやけに騒々しい。
見学されていた
ベトナム僧侶のお二人。
全体的にベトナムの歴史的建築物は中国様式でたてられており
柱や回廊、屋根の装飾品など
中国の影響をたぶんに受けていることが見て取れます。
フエといえば王朝の他に
宮廷料理が有名。
つまりここの王宮で食されていた食べ物が
ベトナム宮廷料理と呼ばれるようになったわけです。
市内の高級ホテルやレストランでは
王朝時代の繁栄ぶりが垣間みれる華やかな宮廷料理が楽しめるそうですが
私は、相変わらず、野菜フォーなどの麺類しか食べておらず
お腹が少しへこんできた。
町で唯一の大型マーケットにあったロッテリアの
フィッシュバーガーとポテトを食べた。
韓国資本のロッテリアはベトナムでチェーン展開していて、
ハノイでもよく見かけた。
おもしろかったのは、
ほとんどの人がハンバーガーではなく
ご飯に鶏肉などがのった
プレートメニューをオーダーしてること。
この大人数のテーブルでは
ロッテリアのメニュー以外にも
持ち込みした、茹でたピーナッツやみかん、その他色々な食べ物が
テーブルいっぱいに並べられていて
大宴会状態。
日本では考えられない非常識さ。
でも、ベトナムでは普通にある光景のようでした。
iPhoneからの投稿
ハノイは3泊だけ滞在。
のんびり町の散策をして過ごし、
フエに移動することにする。
viet jet ( ベトナムLLC)で、中部の町ダナンまで飛び、
その後列車で北上、フエへ向かう予定。
ハノイからダナンまで飛行機で一時間。
(列車で12時間、バスで13時間)
まだしらじらとしている早朝のハノイ空港。
チェックインカウンターの表示板を見てみると
7:30amのフライトは10時過ぎに変更になっていた。
きゃー、出かける前にチェックしとけばよかった。
ホテルを朝5時にでてきたのに~
出発迄、ひたすらぼーっとして過ごします。
ボーディングが始まったのが10:30分。
ダナンに到着次第フエまで移動する予定だったので
前日にハノイ駅で切符をすでに買っておいた。
でも、まにあいそうにないな~。
ダナン空港に離着したのは、列車の発車時刻とほぼおなじ頃。
でもね、ラオカイからハノイも到着が2時間ぐらい遅れたので、
もしかしたら、いけるかも⁈
タクシー飛ばして慌てて駅まで行ってみた。
残念!
定刻発車だったそうで、
やはり間に合わなかった。
あ~あ、
落胆している私のまわりに
なんだか地元のベトナム人が集まってくる。
私の切符を見ながらなんやかんや、ワイワイと大騒ぎ。
なんだー?
おい、またなんか騙そうって魂胆か?
少し疑って身構えてると、
なにかものを売りつけようとか、ツアーに誘おうとかと
いうことではなさそうな雰囲気。
なんか、ただたんに、気にかけてくれてるだけのようだ。
そのうちのひとりのお母さんが
次の列車の切符と取り変えれるか
窓口の駅員さんに交渉しはじめた。
ここの人はハノイなどの大都市と違って
目的持って近づいてきてるわけじゃないらしい。
ただの親切というか、おせっかいから
集まってくれただけなんだ。
結局は払い戻しはできず、
切符を改めて買うことにはなったけど、まっ、いいっか!
地元の皆さん、感謝です
次の列車まで2時間。
駅では何もすることがないので、
ダナンの街を歩いてみてみることに。
30分ぐらいプラプラしたけど、
ハノイに比べたらここはだいぶ南下しているわけで、
日差しがきつく、あっつい、
木陰が涼しそうなカフェに入って
地元ビールを一本飲み、
一息つきながらネットをチェック。
ビールは冷えてなくて、氷の入ったグラスをくれた。
お腹のことを考えて、氷のグラスには注がずに
瓶のまま、ぬる~い、常温のビールを飲んだ。
日本のアクエリアスも置いてあったけど
やはり常温だった。
アジアでは
たいていのレストラン、カフェなどでは
Wi-Fiが無料で使える。
これって、旅行者には大助かりだ。
それ以外にも、ここダナン市では町の無料Wi-Fiサービスがあったので
歩きながらでWi-Fiが使えた。
ほんとに大助かりだ。
そろそろ列車の時間、駅に戻ると、
私の乗る列車は30分遅れで到着するとのこと。
あ~、今日はすべてが少しずつずれてるような気がする。
ダナンからフエまで3時間ほど。
日本だったらあっという間に到着する距離なんだけど、
なにせここはベトナムですから、
インフラもまだまだ遅れているのです。
ベトナムタイムでガタゴト揺られてフエまで向かいます。
ネットチェックしたところによると、
ダナンからフエの移動は列車がオススメ。
車窓から見える海岸線は素晴らしい、、、らしい。
30分遅れで列車が到着。
他にも旅行客がいたので
安心していると、
私の車両は
なぜか地元民だらけ。
おっさん率、たっか!
はぁ~、
こんなボロで汚い列車、生まれて始めて乗ったし。
なぜかWCの匂いがも漂う。
美しい海岸線が見えるどころか
窓ガラスがあまりにも汚れていて
曇って全然見えやしない。
ダナンからミニバスにでも乗った方が
よほど楽だったかも。
ベトナム列車の旅は、
もういいや。
世界の車窓からのイメージからは
ちょー程遠い。
100万光年は
かけ離れているかも。
朝、5時にハノイのホテルを出て
フエの駅に到着したのが夕方5時過ぎ。
疲れたよ~
iPhoneからの投稿
のんびり町の散策をして過ごし、
フエに移動することにする。
viet jet ( ベトナムLLC)で、中部の町ダナンまで飛び、
その後列車で北上、フエへ向かう予定。
ハノイからダナンまで飛行機で一時間。
(列車で12時間、バスで13時間)
まだしらじらとしている早朝のハノイ空港。
チェックインカウンターの表示板を見てみると
7:30amのフライトは10時過ぎに変更になっていた。
きゃー、出かける前にチェックしとけばよかった。
ホテルを朝5時にでてきたのに~

出発迄、ひたすらぼーっとして過ごします。
ボーディングが始まったのが10:30分。
ダナンに到着次第フエまで移動する予定だったので
前日にハノイ駅で切符をすでに買っておいた。
でも、まにあいそうにないな~。
ダナン空港に離着したのは、列車の発車時刻とほぼおなじ頃。
でもね、ラオカイからハノイも到着が2時間ぐらい遅れたので、
もしかしたら、いけるかも⁈
タクシー飛ばして慌てて駅まで行ってみた。
残念!
定刻発車だったそうで、
やはり間に合わなかった。
あ~あ、
落胆している私のまわりに
なんだか地元のベトナム人が集まってくる。
私の切符を見ながらなんやかんや、ワイワイと大騒ぎ。
なんだー?
おい、またなんか騙そうって魂胆か?
少し疑って身構えてると、
なにかものを売りつけようとか、ツアーに誘おうとかと
いうことではなさそうな雰囲気。
なんか、ただたんに、気にかけてくれてるだけのようだ。
そのうちのひとりのお母さんが
次の列車の切符と取り変えれるか
窓口の駅員さんに交渉しはじめた。
ここの人はハノイなどの大都市と違って
目的持って近づいてきてるわけじゃないらしい。
ただの親切というか、おせっかいから
集まってくれただけなんだ。
結局は払い戻しはできず、
切符を改めて買うことにはなったけど、まっ、いいっか!
地元の皆さん、感謝です

次の列車まで2時間。
駅では何もすることがないので、
ダナンの街を歩いてみてみることに。
30分ぐらいプラプラしたけど、
ハノイに比べたらここはだいぶ南下しているわけで、
日差しがきつく、あっつい、
木陰が涼しそうなカフェに入って
地元ビールを一本飲み、
一息つきながらネットをチェック。
ビールは冷えてなくて、氷の入ったグラスをくれた。
お腹のことを考えて、氷のグラスには注がずに
瓶のまま、ぬる~い、常温のビールを飲んだ。
日本のアクエリアスも置いてあったけど
やはり常温だった。
アジアでは
たいていのレストラン、カフェなどでは
Wi-Fiが無料で使える。
これって、旅行者には大助かりだ。
それ以外にも、ここダナン市では町の無料Wi-Fiサービスがあったので
歩きながらでWi-Fiが使えた。
ほんとに大助かりだ。
そろそろ列車の時間、駅に戻ると、
私の乗る列車は30分遅れで到着するとのこと。
あ~、今日はすべてが少しずつずれてるような気がする。
ダナンからフエまで3時間ほど。
日本だったらあっという間に到着する距離なんだけど、
なにせここはベトナムですから、
インフラもまだまだ遅れているのです。
ベトナムタイムでガタゴト揺られてフエまで向かいます。
ネットチェックしたところによると、
ダナンからフエの移動は列車がオススメ。
車窓から見える海岸線は素晴らしい、、、らしい。
30分遅れで列車が到着。
他にも旅行客がいたので
安心していると、
私の車両は
なぜか地元民だらけ。
おっさん率、たっか!
はぁ~、
こんなボロで汚い列車、生まれて始めて乗ったし。
なぜかWCの匂いがも漂う。
美しい海岸線が見えるどころか
窓ガラスがあまりにも汚れていて
曇って全然見えやしない。
ダナンからミニバスにでも乗った方が
よほど楽だったかも。
ベトナム列車の旅は、
もういいや。
世界の車窓からのイメージからは
ちょー程遠い。
100万光年は
かけ離れているかも。
朝、5時にハノイのホテルを出て
フエの駅に到着したのが夕方5時過ぎ。
疲れたよ~

iPhoneからの投稿






























