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 ホテルの部屋に戻ると最初にハイヒールを脱ぎ捨てた。次にドレスを。その次はアクセサリーを。スリップ一枚になってようやく解放された気がした。踵の高い靴や窮屈な服からだけではない。捨てられなかった恋。私は今日、永遠に続くかに思えた片思いから解放された。

 ビーチリゾートでの結婚式は、新郎新婦の親族とごく親しい友人数名だけを招いたささやかなものだった。新婦は私の親友だった。高校で出会い、違う大学に進学した後も友人関係は続き、社会人になってからもそれは変わらなかった。彼女以上に親しい友人など私にはいない。

 新郎と出会ったのも同じく高校の時だった。その頃、私は彼と特別親しいというわけではなく、たまに話をするクラスメイトという感じだった。新郎と新婦が付き合い始めたのは高校を卒業してからだった。それから長い恋愛期間を経て、めでたく人生のパートナーとなった。

 自分の恋心に気づいた時の事を今でもはっきりと覚えている。鼓動が速くなり、震えそうになる声と体を必死に抑えた。この人は特別だと心が叫んでいた。それまで人を好きになるという事がよくわからなかった私が、はっきりとこれが恋なのだと認識した。

 その恋心に気づいたと同時に私は絶望した。それは叶うはずのない恋だった。この人は自分と同じ気持ちを抱いてはくれない。自分に優しくしてくれたとしても、それは恋心から来るものではない。好意の種類は全く違う。そんな事は火を見るよりも明らかだった。

 だから、私は二人の良き友人であり続けた。二人が恋人だった時期に別の人と付き合ったりもした。そういった意味では、私は純粋に一途な気持ちを抱き続けていたわけではない。想いを閉じ込め、目を逸らす事は出来た。ただ、恋心を消し去る事だけが出来なかった。

 一生誰にも言わず、隠し続けようと決めた恋だった。鈍い痛みは受け入れると覚悟した。それが今日、誓いの言葉を述べ、指輪を交換する二人を見ていたら、もう自分は苦しまなくてもいいのかもしれないと思えた。辛かった時間が報われたような気がした。

 私が気持ちを押し殺したのは、この人に幸せになったもらいたかったからだ。結婚して、子供を産んで、温かい家庭を築く。誰に咎められるでもない、女性としての幸せを彼女に掴んで欲しかったから。そのスタートを私は見届けたのだ。一番美しい彼女の瞬間を。

 ずっと好きだった。今日までずっと。ごめんね。私は嘘吐きだよ。でも、嘘吐きだからあなたと友達でいられた。苦いだけの思い出じゃない。今は傍にいられて良かったと心から思っている。人を好きになるという事を、私はあなたに教えてもらった。

 窓の向こうには碧い海が広がっている。プライベートビーチに人影はない。私はそのままの姿でバルコニーに出た。潮風が露わになった素肌を撫でていく。あぁ、自分は絶望などしていない。だってこんなにも綺麗だから。私の見る世界は、こんなにも美しいのだから。

 私は泣いた。悲しいからではない。嬉しくて泣いた。ちゃんと「おめでとう」が言えた。彼女を祝福する事が出来た。波の音が泣き声をかき消してくれる。優しく、優しく。

 さぁ、顔を上げて。今日という日はまだ終わっていない。目が腫れないように気を付けないと。シャワーを浴びて、メイクを直して、新しいドレスに着替えよう。水平線の向こうに陽が落ちたら、二人のためのパーティーが始まる。


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