暑さに辟易した数日が過ぎ、また雨は降り始めた。ライトグレーの雲が空に広がり、少し生温いような、湿気を含んだ風が吹いている。朝から蝉が鳴き続けている。ひどくアンバランスな感じがする。夏とはこういうものだっただろうか。
子供の頃、母に庭の花の水やりを頼まれると夏が来たのだなと実感した。ホースのノズルをシャワーにセットして、玄関先の植木鉢と庭の草花に水をやった。わざと離れた場所から水を撒き、小さな虹を作って遊んだりもした。
夏の記憶を思い出そうとすると、何故か子供の頃の事ばかりを手繰り寄せてしまう。一ヶ月以上あったあの長い夏休み。キラキラしたビニールのサンダル、マドラスチェックのワンピース。空がやたら青くて、いつも蝉の鳴き声がしていた。
歩いて行ける場所にプールがあった。泳ぐのは苦手だったが、水の中で漂っているのは好きだったので時々そこへ通っていた。消毒槽の塩素の匂い。目を洗うための変わった水道の蛇口。青いプールの底と、太陽の光が反射した水面。
仰向けになると目を開けていられないくらい眩しかった。水の底に沈んで無数の泡を見た。泡が消えた後、少し歪んだ世界の中で、他の子のはしゃぎ声は聞こえなくなった。ゆらゆらと水面が揺れている。そこからなら太陽を見る事が出来た。
タオルで拭いただけの髪を一つにまとめて家路を歩く。疲労感と空腹感で足取りが重い。お昼は素麺を少しだけ食べて、冷凍庫のアイスに手を伸ばす。ソーダ味のアイスキャンディー。夏になるとそればかり食べていたような気がする。
扇風機の風を一人占めして、まだ少し濡れている髪を乾かす。でも、いつの間にか畳の上で眠ってしまっている。レースのカーテンが揺れる。とても心地よい。夢は見ない。短く深い眠りに落ちる前、微かに風鈴の鳴る音が聞こえる。

ずっと忘れていた記憶が溢れ出す。何もなくて、何もかもがあったあの頃の記憶が。それはとても有り触れた夏の一日。あの頃のような夏はこの先、もう二度とやって来ないかもしれない。別にそれでもいい。もう十分、私は幸福な夏を知っている。
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