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 誰かと出会い、仲良くなり、環境が変わり、やがて疎遠になる。連絡を取ろうと思えばいつでも取れる。でも、いつもその人の事を考えているわけではなく、普段はすっかり忘れてしまっている。その誰かが思い出に変わる時、それはいつなのだろうと考えていた。

 仮にその誰かを「Y」とする。Yは私にとって少し特殊な存在だった。恋人でない事は確かだったが、友達とも少し違っていた。すぐに会えるような距離ではない別々の街で暮らし、もう10年近く会っていない。それでも年に二度、お互いの誕生日に必ず連絡を取り合っていた。

 “誕生日おめでとう”

 “ありがとう”

 ただそれだけの言葉のやりとり。いつも似たような内容だった。ごく稀に手紙を書いた事もあった。私の誕生日が先に来て、その一ヶ月後にYの誕生日が来た。秋になって自分の誕生日が近付くと、今年はメールが届くだろうかとYの事を思い出した。

 Yからのメールを待っていた反面、これはいつまで続くのだろうと、終わりの見えない関係に対する不安のような気持ちもあった。おそらく、これからの人生でYと会う事はない。私達の間にはもう話す事がなくて、それなのに思い出にも出来ず時間は過ぎた。

 自分にとってYは大切な人だと思っていた。出会った頃に抱いていた気持ちも話した事も嘘ではなかった。しかし振り返ってみれば、私達はあの頃とは全く違う場所にいて、思い描いた未来が形になる事もなかった。結果的に私はYとは別の人を選んだ。

 Yに好きだと言われた時にはもう遅かったのだ。きっと何もかも。本当はずっと前に気づいていたのに、私はそれを誤魔化そうとしていたのだと思う。誰かに想われている事で逃げ道を作り、Yと友達に戻ろうとした。そんな事は出来ないとわかっていたのに。

 今年の誕生日、Yからのメールは届かなかった。私はその意味を理解した。久しぶりにYとよく連絡を取っていた頃のメールを読み返してみた。でも、それはどこか他人事のようで心が揺さぶられる事もなく、拙かった自分を懐かしむ気持ちだけしか残らなかった。

 やっと思い出になった。私はYの言葉を思い出した。「“ずっと”なんて言葉は嫌いだ」。昔
から信じてなかったよね。あなたが正しかったのかもしれない。あの頃、本当にこのままでいられると思った時もあったのに、私達はずっと友達ではいられなかった。

 Yの誕生日が来ても、もうメールは送らない。それでも、私は思い出してしまうのだと思う。これから先、秋が来る度ずっと。――――― あなたは信じないだろうけど。