
一日が終わりを迎えようとしている。終わり、というには少し早いだろうか。太陽が西へと沈んでいく頃、私はいつも今日が終わっていく感覚を覚える。その先に続く夜の事はあまり考えない。きっとお酒が飲めないからだと思う。
夜から動き出す人にとって、それは一日の始まりとなる。街の明かりが灯り始めるのを、わくわくしながら見つめている時期が私にもあった。それは大抵、夏だったように思う。人生の苦さを味わうには、まだ少し幼かった頃。
大人になってから随分経った今、夕暮れは美しいだけのものではなくなった。切なさのようなものは若い時にも感じていたが、それは明日が来る前触れでもあったから、一時の心の揺らぎから気持ちを切り替える事は容易かった。
今はどうだろうか、と夕日の写真を見ながら考える。例えば、それが楽しかった一日の終わりなら、私は終わってしまう事を寂しく思うだろう。色のない氷がグラスの中で溶けていくように、幸福感に寂しさが滲んでいくのだ。
誰かと過ごす夜がその後に待っていたら、楽しい時間がまだ今日という日に残されているのなら、高揚感で感傷は影を薄めるかもしれない。ありふれてもなお純粋な幸福感を体に纏ったまま、ベッドに入って眠りにつくその時まで。
いずれにせよ、一日のうちで私はその時間が一番好きだ。いくつもの感情が混ざり合って、風景が色を変えていくその一時が。静かな海辺でも、雑踏が溢れる街中でも、その先に何かが待っていても、待っていなくても。
ふらっとどこかに出かけ、知らない街を歩いた後、疲れた体を冷たい飲み物で癒しながら太陽が落ちていくのをぼんやりと眺めていたい。初夏が訪れ、よく晴れて、夕方に少し肌寒い風が吹いた日。私はふと、そんな事を思った。
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