
5月に入ってから『美しい夕暮れ』と『lyric in blue』という文章を書いた。前者はエッセイ、後者は掌小説(のようなもの)である。これらは私が普段利用している写真のフリー素材のサイトから気に入ったものを選び、その写真をテーマにして文章を書いた。2枚の共通点は女性ののシルエットと黄昏時の風景。もしかしたら『lyric in blue』の方はもっと違う時間帯かもしれないが。
ここ何年か長めの小説を書いておらず、文章を書く事自体が減っている。理由は特にない(と思う)。エッセイや小説を書かなくなったからといって私が困る事は何もないのだが、定期的に何かしらの文章を書いておきたくなる。ブログをやっているというのもその原因の一つだろう。自分でもよく続いているなと思う。
書きたい事が自然と自分の中から出て来ないというのは、何だか寂しいものである。日記はまた別だが、年齢を重ねるとわざわざ書き留めたくなるような新しい発見や経験をする頻度は下がる。子供でもいたら違うのかなぁとぼんやり思ったりもする。たぶん子供は目まぐるしい速度で変化していくだろうし、毎日のように何かが起こるのだろう。
話を少し戻して、最近は外から刺激を受けて何かを書きたくなる事も少なくなった。昔は気候のちょっとした変化で文章の書き出しが思い浮かんだりしたのだが、今はそこからもう一つ何かアイディアが出ない限り、文章が形になる事はない。おそらく、よく文章を書いていた頃に比べて感受性が鈍くなっているのだろう。
短い文章でも書くのが一仕事になってしまったように感じる。月に数回、雑記を手帳に書いているのだが、本当にただの雑記なので、まともな(人に見せるような)文章ではない。内容が真実でも虚構でも、文章を形にする事が好きだったし楽しかった。今もそれは変わっていないはずなのに、気持ちがついていかない。
それが何かの役に立つとか立たないとか、そういう事とは関係なく、せっかく好きになったものをふっと忘れてしまうのが嫌なのだ。だから今回のように、自然と生まれたものでなくても書く事を続けられればいいと思う。そしてまたいつか、上の写真の女性のように没頭して、楽しくなるような物語を書いてみたい。
photo by acworks