窓を開けると、金木犀の香りがするようになった。ベランダから辺りを見回してもそれらしい花は見当たらない。近所に金木犀が咲いている家があっただろうか。風に乗って運ばれてくるその香りに、秋が来たのだと思う。香りだけの、見えない金木犀。
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先月の記事で書いたように、ピントが合わなくなったカメラを修理に出した。しかし、メーカーからは修理に必要な部品の在庫がないために、現状、修理はできないと言われた。その部品の入荷時期も未定だそうだ。とても丁寧に謝られた。仕方ないのでカメラはそのままの状態で送り返してもらった。
マクロ撮影だとピントが合い、普通に撮影できるので、カメラはこのまま持っていようと思う。一緒に色んな風景を見てきた大切なものだ。写真を撮るのが楽しいと思わせてくれたし、私の記憶をより鮮明に残してくれた。例えこの先、何も写せなくなったとしても、ずっと手元に置いてあるのだと思う。
後継機を買うか、全く別のカメラを買うか迷っている。私にとっては高価なものなので慎重に選びたい。最近ずっとトイカメラを使っていたが、それはあのカメラがあったからこそ楽しかったのだ。基本的に、物に対してそれほど執着のない私だが、大事な友人を失ったような寂しさがまだ心の中にある。
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家から数十メートル離れると、金木犀の香りが消える。私は未だにそれがどこにあるのか見
つけられていない。雲が広がり、空が暗くなっていく。もうすぐ雨が降り始める。久しぶりに文章を書いた。ずっと変わらずにいることはできないのだと思う。何だか唐突に、そんなことを思う。
金木犀の香りが消える頃には新しいカメラを手にしているかもしれない。何だかセンチメンタルなことを書いてしまったけど、その時はきっと、私は楽しいと感じているはずだ。
