下町・秋津探偵社

作:おきくら 周(あまね)

 

No,30

 ロビーからの景色を眼下にしながら秋津は、ここへ来る前にネットで見たこのグループの履歴を思い起こしていた。その時、俄かに毛氈が軽く擦れる音がして「お待たせいたしました」と低いながらもよく通る声の方向へと目を向けると小脇に浩瀚な綴じ物を抱えた白髪交じりで品のいい老年の紳士が秋津の前へと現れた。「佐野でございます」と言って、その荷物をテーブルに静かに置き内ポケットから取り出した革製の入れ物から白地の名刺を抜いて佐野へと手渡した。「ああ、これは」と立ち上がり、それを受け取りながら秋津も自らの名刺をその紳士へと手渡した。

 

そして「先日は大変失礼いたしました」と昨夜のアポ取りに際しての急な面会を乞う無作法を詫び、続けて初めての訪問を許されたことにも礼を言った。紳士は、いえいえと言う素振りで軽く首を振って秋津に着座を促しつつ、自らも対面する側のソファーにゆったりと腰を掛けた。そんな佐野洋平の落ち着いた佇まいとは対照的に、いつの間にかロビーの奥には、あちこちに席取りした人々のざわめきが満たされるようになっていたが、それを眺めた流れで、カウンターの上部に取り付けられている洒落た壁かけ時計に目をやると既に15時まで10分ほどの位置に長針を刻んでいるのが窺えた。

 

この時刻だと新規の宿泊者のチェックインと共に、もう一つお客らの見た目の軽装備からして温泉施設の日帰り利用客らが時間待ちのためにこのロビーに集ったものだと分かった。「最近ではSNSの動画などで若者が日本各地の温泉地をリポートしていただいて、当施設もそんな皆さんにご紹介いただくようになりまして、本当にありがたいことです」と、洋平は口髭を指の腹ですりすりと伸ばすようにして、感慨深げに言った。そのような若いインフルエンサーによる配信がミニ温泉ブームと一緒にサウナファンにも広がって、その需要に応えるための増設工事を始めたことなど最近の施設の充実ぶりを説明してくれるのだった。

 

それらの話を挨拶代わりのよもやま話として時折頷きながら耳を傾けていた秋津だったが、失踪中の佐野が、このホテルのCEOである洋平の弟として何故ホテルの経営スタッフに名を連ねなかったのかと疑問に思っていた。茨城の国立大学を出て、どのような理由で東京の一商社に身を置くことになったのだろうかと、洋平の話題が一段落するのを待ちながら、思い浮かんだ質問を差し挿むタイミングを窺っていると、「ああ、これは申し訳ない。そうでした、こんな話よりも、東京からわざわざいらっしゃったご用件をお聞ききするべきでしたね。歳を取るとあれこれと、どうでもいいようなことを長々と話してしまう癖がついてしまって・・・」と洋平は自戒するように話を打ち切ると秋津の顔を見て背中を幾分反らせるように姿勢を正した。

 

 それを見て秋津は、背中を引いて口を閉じた洋平がこちらに話の水を向けたのだと察して、まさにしゃべろうとした、その時、「ああ、そうだ義妹(麻子)から言われていた、こいつを・・・」と思い出したように再び口を挿んだ。そして、先程一旦テーブルに置いていた2冊の青い革製の豪華な装丁で飾られたフォトアルバムを「弟のものです」と言って秋津の手元に置き直した。実のところ世田谷の佐野邸へ伺った際、麻子に佐野をイメージすることができる個人のアルバムのようなものの閲覧を所望したことがあった。

 

それは、そもそも、秋津の警察官時代に捜査対象者の人となりのイメージ付けをするために若年代から近年に至るなるべく多数の写真を目にしておくことで耳からの情報と合わせてより深い印象を脳裏に刻み込むための独自の手法だった。勿論、それは四角い余白に収まる限られた被写体から窺い知る限りの情報を読み取るための注意力と想像力などの力量に頼るところが大きい。それは、恰も北極圏のイヌイットたちが雪上で日光の照り返しを防ぐために掛ける遮光眼鏡のように、ある一定の視野を限定されることで却って視力を補完させるような効用にも似ていた。と、その様なことでの要望だったのだが、その時には麻子のもとに、それはなく佐野の実家に置いたままであるということで断念した経緯があったのだった。

 

昨日、麻子の電話を受けた時点では、このことに触れることはなかったが、多分、麻子の口から義兄に秋津が伺った折に見せてくれるようにと、気を利かせてくれたものだろうと推察した。秋津はアルバムを最初の一頁から丁寧に繰り始めた。「あいつは、こういうものには左程、執着しないやつでしたので、幼少の頃はともかく中学の思春期にもなれば、ご覧のとおりあっけないくらい写真の数も少なくなっています」洋平は秋津の目線を追いながらページごとに収められた実弟の思い出をあれこれと語り、それぞれのシーンの枠と枠の間を途切れぬ時間で繋ぐような愛しみ深い視線を投げかけているのが分かった。その様を見て秋津は佐野邸の縁側で麻子が見せた佐野を想う瞳にも同じものが湛えられていたのを思い出していた。

 

あの時、麻子のその表情が長い別離の末の悲哀や憔悴などとは全く異なるものだったことを意外に思っていたのだが、もしかしたら既に麻子は、佐野が失踪したこの10年の間に薄らごうとする佐野という存在をある時点で、まるで葡萄の樽でワインを醸造する時のように、年月を増すごとに彼の記憶を熟成させることに成功していたのかもしれない。いつでも心に思うだけで極上の葡萄酒のような佐野の面影を色濃く脳裏に蘇らせてその酩酊の中で二人きりの逢瀬を楽しんでいたのであろう。それは多分、洋平においては血肉を別けた兄弟であることで意識する必要もなく血脈の中に当たり前にあるものであろうが、しかし、佐野の妻ではあるが、元々は他人でもある麻子にはそのような無条件に直接受け継がれる絆はない。強いて言えば唯一息子を通しての間接的な繋がりのみなのだ。麻子はそれ故に過去への追想の中で純粋に佐野のみを丹念に収集して熟成させたのであろう。あの時の麻子の表情はその様にして蘇らせた佐野の姿を、その虚空の端に見つめていた時のそれだったのかもしれない。

                                (No,31へつづく)

 

注)物語は、一部の場所・人物をのぞいては、全てフィクションです。

 

ぱぱ日記

次回から、暫く小説の後半を書き溜めながら掲載していくつもりでいます。

少々、スローテンポになるかもしれませんが、とにかく完結を目指してがんばります。