夫は血小板が15万まで戻ったけど、相変わらず白血球が低く、好酸球、好中球、IgG様々な数値が動き始めた。
それは、6月の中旬以降の話。
無理して出張に出かけた後、マンションの総会にも出かけて、買い物にも出掛けて、
体に悪いことばかりする夫に、
「理解できない」と言うようなことを伝えると、
「え?オレあなたの言う通りに検査も受けるし、
やれることはやってるじゃん。
だって、最低限の生活は続けたいんだよ!」と半泣きで言われた。
今まだやれるうちにやりたいことはやったらいい。
そう度々思っても、それをさせたらどんどん悪くなるのがわかってるから、
自分は無責任なんじゃないか、と苦しくなる。
7/8、レボレード三錠も飲んでいるのに、案の定血小板は10万に下がっていた。
そしてとうとう常に高めであったが心配するほどではないと言われていた可溶性IL-2Rが1000を超えた。
じわりと進行しているのに、何故確定診断を付けてもらえないのだろう。
このまま手遅れにならないかと本当に心配。
それでも、夫は明日から好きな野球観戦ために新幹線に乗って出かけてくる。
野球観戦も新幹線での遠出も、どれも体にダメージを与えるとわかってるけど、
行ける運びとなったということは、神様が行かせてあげたらいいと計らいを下さったんだと思うことにしよう。
家族が病気の本人にあれこれ止めるように
行動制限してしまうのは、愛なんだ。
本人が自分の叶えたいことを我慢して
治療にとりくむ間、行動制限することも
家族と、本人のカラダへの愛ではないかな。
やりたいことを叶えることは
本人の魂のために大切と頭でわかっているけど、
カラダに負担をかけるとわかっていて
見守る、見届けると言うのは、
家族として無責任なのではないかと、
気がおかしくなりそうになる。
救急車で運ばれるような事態になるまで、
好きなことをさせればいい、と頭ではわかっていても、
実際そんなことになったとき取り返しのつかない状態になっていたら、
どうしてこんなになるまでほっておいたと
責められるのは、私?本人?主治医?とか、
色々考えてしまう。