明日はライブなんです!
というわけで、さっきバイトから帰ってきた!
「銀行口座に振り込めますか?」って聞かれたり、「Edy決済ってどうやるんですか?」とか聞かれたり面倒だった…。
〇行っては来て
掃除用具取りに事務室に行くとお客が入ってきたり、掃除したい床にちょうどお客が品物を見に来たり、さっきまでは無人のレジにお客が一斉に来たりと、なかなかタイミングというのは難しい。
ちょっと「なんで!」とムシャクシャするけど、よく考えると理不尽でもなんでもなく、仕方ないことなんかね。
この場合の道理に合わないって理不尽の意味は“自分の思った通りにならない”ってことだから、俺と知らない他人でその通りになるはずねーよな、と思う。
〇私だけ
ちょっと考えると、こういうのは恋愛でも友達でも就活でも色々と当てはまる。
最初のうちはとりあえず良い道筋と良い結果を思い浮かべてるもんで、しかも最初のうちは程度の低いことから始めるから思い通りになってることも多い。
そして、段階を踏んでいくとやることも複雑になってきて難しくなるが、やっぱ頭の中では良い道筋と良い結果を一瞬でも思い浮かべると思うんだよね。でも、複雑になってきているから思い通りにはならない。
こういうときどう感じるかというと、悲しかったり苛ついたりとなんとも悪い感情ばかりで。そう思うと、自分が感じる悲しみや怒りは相手にとっちゃとても理不尽なものなんじゃないか。
「自分の思った通りにならない」「相手が思った通りに行わない」から悲しくなったり怒ったりするのは、自分だけの物語を進めて相手をただのNPCとしてしか見ていないんではないか。
俺とお客の例ではそれはタイミングの問題だったけど、他にも自分や相手の能力であったり関係の深さとかもあると思う。
例えば、俺と俺以外の全員が連絡を取り合ってリアルタイムでタイミングを図っているとしたらタイミングが悪いなんてないと思うけど、そんなん不可能なんだからタイミングはときには悪いとして、それは仕方ない。
能力の場合は、自分が非力だったり非力を選んだという相手の判断が駄目だったり…というか相手に期待し過ぎなんだよ。その期待っていうのが、なんだか物語的なものなんだよ。
自分のことだけではなくて相手のこともきちんと考えると、その結果というのは「思った通りにならなかった結果」ではなくて「そうなりえる結果」なのかもしれない。そう考えると悲しいやイラつきなどの感情ではなくて、もっと前向きなものが生まれてくるんだと思います。
〇とかまぁ
恋愛だったらタイミングが悪くとも過程次第でなんとかなるっちゃなるけど。過程と言うから、それは「思い通りにさせる努力」なんだと思う。「思った通りにならない」と「思い通りにさせようとしたけどならない」じゃ全然違うね。
はーあ、一歩だけ身を引いた精神でいたいものです。
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