プロローグ

 

 ずっと前から好きでした。その言葉を言うこともなく僕は転校してしまった。ずっと後悔していた。彼女の笑顔を見ると頬が緩み自然と笑顔になる。また、彼女の笑顔を見たい。あの頃の、小学生の頃の写真じゃなく、大人になった今。僕はずっとあの子にカタオモイしている。

 

 高校の成績もそこそこで、あまり何も考えず両親にとりあえず勧められるまま大学へ進学した。大学でもサークルなどに所属することはなく特別仲の良い友人を作ることもなく就職活動も真剣にやらず何となく受けた会社の内定をもらい、卒業した。

 適当な就職活動をしたためか、入ってみるとその会社は所謂ブラック企業と呼ばれるものなのだと気づくまでそう時間はかからなかった。新人は始業2時間前に来て清掃や備品整理、発注。もちろん閉店後も清掃、片付け等を行い最後に戸締りをして帰宅。少しは残業代が出るには出るが雀の涙程度でタイムカードの改ざんも当たり前だ。そんな生活をしていると心が腐っていく気がした。でもまだ大丈夫。まだやれると自分に言い聞かせて1年後、僕は倒れた。

 

 目を覚ますとあの頃に戻っていた。そこは田舎の港町。縁側でアイスを食べている彼女を横目に真っ白な日記帳に何を描くか頭を抱えている僕。また、彼女に出会えたことに感動し、彼女に抱きつく……が暑いと引きはがされそうになる。それでも僕は力いっぱい彼女を抱きしめ涙を流した。

「え、何いきなり泣いてるの?」

 彼女が汚物を見るような目でそう言う。僕は何も言わずただ彼女の温もりを感じていた。真夏に肌を密着させているため少しずつ汗で湿ってくるが僕が何も言わず泣きながら抱きついているため少し居心地が悪そうだ。

「もしかして私がいなくなった夢でも見たの?」

 僕は頷く。厳密には僕が転校したためいなくなったのは僕の方なのだが。

「君は………て………わ……し……また…………ら」

 急に周囲が白くなり、彼女の声も遠くなり触れていた体温を感じることができなくなった。周囲が白に染まったと感じた時、僕は現実に引き戻された。

 

 白い天井、独特な薬品の匂い、それと干したばかりの布団の香り、見渡してみるとどうやら病院のようだ。左腕に違和感を感じ、視線をやると点滴をされている。案の定医者から過労と診断された。その時医者から言われたのは5日眠ったままだったのだそう。内臓もだいぶ弱り、よく生きていられたとも言われた。

 5日も寝ていたためか、厄介払いをするように自主退職を勧められ心が追い付かないままサインをしてしまった。大した貯蓄もなく病院代を支払った後、夢で出会った彼女のことを思い出し懐かしのあの町へ小旅行をすることに決めた。

注※ わたしの夢のお話なので不可解な点やおかしな描写があることを先に断ります。

 

 目が覚めると、潮風が心地よい浜辺に座っていた。辺りは暗く、街灯と民家や自動販売機の明かりしかない。そんな中でわたしはぼーっと波を眺めている。

 わたしが明晰夢を見ると感覚的には数分で眠ってしまうためそのうち寝るからいいだろうと、久しぶりの明晰夢を楽しんでいた。

 

 遠くの道路から車のヘッドランプが見えた。わたしの近くで車を止め、こちらへと近づいてくる人影があった。髪が腰くらいまである女性だった。わたしが知り合ってきた人の中でそんな人はいない。

 顔が確認できる距離になっても知っている人ではなかった。彼女がわたしに何か話しかけているようだがわたしには何も聞こえない。表情、口の動きから察するに何してるの。といった雰囲気だった。

「帰ろうか」

 どこからかそんな声が聞こえてきたので周りに人でもいるのかと目を配らせたが誰もいない。しかし目の前の彼女はうんと言わんばかりに頷き、一緒に歩き始めた。そこで気づく。ああ、これはわたし自身が動いているのではなく物語を見ている視聴者的存在なんだと。

 

 わたしらしき人は彼女が乗ってきた軽トラに乗り込んだ。と、ここにもおかしなところがあった。軽トラなのに内装がえらくスポーティでToyota86GTにそっくりでした。でもエンジンをかけると軽の音なんです。

 彼女が助手席に座り、わたしの運転でなにやら移動しています。

 

 飛んでいつの間にかわたしは両親らしき人、彼女、見知らぬ女性2人と食卓を囲んでいました(その女性2人と両親らしき人はここでしか出会わなかったので割愛します)。

 食後、縁側で麦茶を飲みながら外を眺めていると隣に誰かが来ました。彼女です。すぐわたしは外のほうを向いてしまったので彼女が何かしゃべっていたのかもわかりません。

 不意に彼女の手が空を指差します。そこにはきれいな星空が広がっており、わたしが友人たちと行った山の星空そっくりでした。ベガ、デネブ、アルタイル。夏の大三角がとても美しく輝いていました。わたしらしき人が彼女のほうを向き、手を取って外へと歩き出しました。街灯がまばらな道を歩き、薄暗い階段を上りきった先はちょっとした高台になっておりそこには小さな公園がありました。

 公園のベンチへ座り、星を一緒に見上げていました。

 

 いつの間にか彼女と浜辺へ来ていました。そこも高台ほどではありませんが美しく星が瞬いています。その美しい浜辺で彼女と固い握手をすると

 

 目が覚めたら朝でした。

 秋から冬へと移り変わる頃のとある廃墟での出来事です。その廃墟は心霊現象が起きるという噂も何もなく、落書きがあるという話も何も聞かないただの廃墟。という事だった。

 その廃墟へ行くこととなった経緯としては、1週間前からその日、廃墟へ行くということは決まっていたのだが、どこへ行くのかは決まっていなかった。

 当日、グループのサブリーダー的存在のKさんが

「今日は○○ホテルに行こうよ」

 と言った。わたしはそのホテルがどこにあるのか、どんなところなのかも知らなかったのでどんなところなのか聞くと

「この前、いつも抜け道として使っていた峠道を走らせてた時なんだけどさ、頂上近くに○○ホテルっていう看板があってね、いつも走ってるはずなのに気づかなかったよ」

 と返した。いつも走ってる道なのにどうして気づかなかったんだろうと思ったがわたしの隣にいたCが

「ええ~、そこ絶対やばいところなんじゃないですか?」

 Cは学区は違ったものの、家が近くで高校時代からの付き合いのある親友?的なやつだ。

「そう思って車を脇に止めてネットで調べてみたんよ。だけど何の変哲もないただの廃ホテルっぽいんだよね。変な話も上がってなかったし」

 その話を聞いて別に怖いところではなさそうだしわたしも行こうかなと思った。

「とりあえず、その○○ホテルへ行きましょうか」

 グループリーダーのAさんがそう言うと、みな1台の車に乗り込み向かうことにした。

 

「着いたぞー、起きろー」

 その声を聞いて目が覚めた。いつの間にか寝てしまっていたようで車の窓から外を見てみた。確かに○○ホテルという看板の奥には森の中にひっそりと佇むホテルがあった。それ以外にも周囲には「建設中」の看板が点々としていた。バブル崩壊前まではホテル街か何かでも造ろうとしていたんだろうなと思い。車の外へ出た。

「なかなか雰囲気あるだろ」

 Kさんが笑いながら言う。

「確かにちょっと来るものがありますね」

 Cとわたしは少したじろいだ。

 

 入り口では気づかなかったが、ホテルの入り口へ来ると受付の人がいるところに絵が描いてあった。

「あっ、これって△△さんのブログの!」

「あー、どうりで見たことがあるはずだ」

 CとAさんが盛り上がる中、Kさんが言う。

「そうだよ、△△さんのブログに紹介されててここに決めたんだよ」

 ある廃墟探索ブログを書いている人が行った先々で同じ絵を描いてその写真をブログへアップしているんだとKさんが取り出したスマホを見せてもらった。

「ほんとだー、確かにここですね」

 確かにブログで紹介されているホテルの名前は○○ホテルとなっていて、受付のイラストと写真のイラストと一致していた。説明文を読んでみると別になんの変哲もないただの廃ホテル。と書いてあり恐怖心が和らいだ。

 

 1階を探索して、何もないから2階へ向かおうとしているとき、

「もしかしてここ地下あるのかな」

 Cが地下への入り口を見つけたようで、Aさんもわたしも見てみようと3人で降りようとしたとき、Kさんが言った。

「ブログでは地下があるなんて書いてなかったけどなぁ」

「もしかしたら見落としてたのかもしれませんねー」

 Aさんがそう言い、「まぁ、大丈夫か」とKさんのその一言で地下室へ降りて行った。

 

 降りてみるとカビ臭く、そこだけ空気が重かった。

「うっ、ちょっとここやばいかもしれません」

 Cが言った。Cは霊感があると言っていた。

「また霊がいるとか?」

「風が入りづらいから空気が悪いだけじゃない?」

 AさんとKさんは信じていないようで笑いながらそう言った。わたしも信じていないので一緒に笑った。でも確かに空気がすごく悪かったのであらかじめ持ってきていたマスクをみんなつけた。

「いやー、これマスクがないと病気になりそうですね」

「ここまで空気が悪いのはここが初めてかもしれん」

 AさんとKさんはずんずんと進んでいく。わたしとCは小走りでついていった。

 

「おっ、お宝発見!」

 Kさんが何かを発見したようだ。

「おおっ、これはすごいよ」

 見に行ってみると部屋の隅に雑誌が散乱していた。その雑誌は古いカー雑誌。車が好きなわたしたちは夢中になって読み漁った。

5分ほど経ったくらいだろうか、そろそろ他のところも見に行こうかと動き始めるとCが何かを見つけたようだ。

「何か見つけたのー?」

 Aさんが話しかけても無反応だったのでCのところへ行くとそこには和室があった。

「さすがにこれはちょっとやばくないですか?」

 わたしがそういうと、みな一様に頷き、ホテルを出ることにした。が、Cの一言で周りは凍り付いた。

「仏壇の前、誰かいません?」

 わたしとAさん、Kさんは奥にある仏壇を見てみたが誰もいない。

「誰もおらんよ?」

「Cくん、さすがにそれは冗談キツすぎるって」

 あまり怖がらないKさんとAさんもちょっと焦り気味だった。

「あっ、こっち向きました」

 また一瞬固まった。

「Cくん、いい加減やめなって」

 AさんがCの手を引き顔をこちらへ向けようとした瞬間、

「やばい、こっち来る!!!」

 その声を聞いたと同時に、最後尾にいたわたしは耐えられなくなり一目散に逃げ出した。

「「え!?」」

 わたしとCにワンテンポ遅れてAさんとKさんの足音が後ろから聞こえる。

 

 地下への階段を駆け上がり、入り口を駆け抜け、車まで戻ってくると息を切らせながらCが言う。

「さすがにあれはやばかったですね」

 AさんとKさん、わたしは何があったかわからず質問した。

「Cくん、あそこで何を見たの」

「仏壇の前に黒い人がいて、そいつがぶつぶつ何かしゃべってたんですよ」

 C以外には見えていなかったので

「さすがに冗談キツイで、俺らなんも見とらんし!」

 わたしがそう怒るとAさんもKさんも少し怒り気味だった。Cはなぜわたしたちが怒っているのか理解できていないようだった。

 

 帰り道、みなあまりしゃべらず静かに峠道を走らせる。運転はAさんだ。

「いやー、Cくん、あの場所であんな悪ふざけはさすがにだめだよ」

「そうやそうや、度が過ぎるのもあかんで」

 Aさんとわたしで軽く注意すると意外な答えが返ってきた。

「え?本当に何も見てないんですか。あの黒い人」

「だから黒い人なんておらんかったやろ」

 このやり取りを数回繰り返し、Cは急にがたがたと震えだし、恐怖していた。

「Cくん、お祓い行こう」

「行かなかったらどうなるかわからんよ」

 AさんとKさんが説得し、念のため明日お祓いへ行こうという事になった。

 

 最後の大きなカーブへ差し掛かった時、対向車線に何かがいた。黒い服を着た人だった。

 車内はずっと沈黙状態が続いていた。

「いま、対向車線に……」

「静かに!!!」

 Kさんの声でわたしは黙った。隣に座っているCを見てみると青い顔をしていた。どうやらみな、あれを見てしまったらしい。

 

ドン!

 

 車の上に何かが落ちた音がした。その瞬間ルームランプが勝手に付いたり消えたりした。そんな事があってもわたしたちは一言もしゃべらずに地元へ戻ってきた。

 24時間営業のファミレスに車を停め、ルーフを確認してみる。

「すごい音だったのに何もないな……」

 わたしも見てみたが何もなかった。

「ファミレスで夜を明かしてからお祓い行くか」

 Aさんがそう言った。当たり前だ、あんなことがあった後家へ帰り一人でいるだなんて耐えられない。

 ファミレスに入り、各々の注文をし、たばこに火をつける。

「腹は変わらず減るんだな」

 Kさんがしゃべりだしたのをきっかけに、わたしたちはあのホテルでの出来事には触れず、夜を明かした。

 

 早朝、Kさんが○神社へ連絡し、そこの神社でお祓いをしてもらうこととなった。○神社へ着くと、神主さんにみな別々の部屋に連れていかれた。その部屋は安いアパートのような造りになっていて、リビング、キッチン、ユニットバスがありそこで浴衣みたいな着物に着替えさせられ、着替え終わってから手順を説明してくれた。

「誰が憑かれているか調べます。ここで1時間ほどお待ちください。もし何か具合が悪くなったりしたらテーブルの上にある酒を開けて頭から被ってください。スマートフォンの使用は禁じますがこの部屋にあるテレビや冷蔵庫は使ってもらって大丈夫です。トイレも大丈夫ですよ」

 1時間くらいなら大丈夫だろうと思っていると

「それと、わたしが部屋を出たら鍵をすぐにかけてください。わたしがマスターキーで鍵を開けるまで決して鍵を開けたり、扉を開けたりしないでください。」

「わかりました」

 その言葉を聞いてから神主は部屋を出る。言われた通り先に部屋の鍵をかける。そしてスマートフォンの電源を切ってテーブルの上へ置いて、リモコンを手に取りテレビを付け、ぼーっと過ごした。

 

 11時近くになった頃、お腹がすいたので冷蔵庫にあった冷凍食品とカップ麺を食べて眠くなったので寝た。

 

「起きてください、終わりましたよ」

 神主の声で目覚めると、わたしには憑いていないことを説明され、ホッとした。服を着替え、神主についていくとAさんとKさんがいた。

「よかった。憑いてなかったんだね」

 AさんもKさんも憑かれてはいなかった。が、Cはその場にいなかった。

「よく聞いてください、Cさんは憑かれていました。きっと仏壇の前で黒い人を見たときに魅入られたんでしょう。Cさんに憑いた霊はとても強いので時間がかかると思います」

 やはりCは憑かれていたようだ。あの和室での出来事があって以来、Cはあまりしゃべっていなかった。普段はよくしゃべるCがファミレスの中でもあまりしゃべらなかったのは本当に気味が悪かった。

「今からCさんを○△のより大きな神社へと連れていき、そこで1月ほどかけて祓います。すべてが終わり次第、またあなた方へご連絡させてもらいます」

 

 車に乗り、神社の方を見ると神主と数人の男に押さえつけられながら車に乗せられていくCを見た。Cは叫び、暴れながら抵抗していたがそれはCではなかった。目はどこを見ているのかわからなくなっており、髪は毟った跡があった。

 

 あの出来事からもうすぐ1年が経つ。Kさんへまだ連絡は来ていない。あの神主へ連絡しても連れて行った神社からの連絡がないから何もわからないと。ただ、Cに憑いた霊がまだ祓われていないということだけは確かなのだそう。もともとあの場所にはあまり知られていないだけでよくないものがたくさんいるらしく、Cに憑いたものもその一つなのだそう。帰り道でわたしたちが見た黒い人は別の物らしい。たまたま憑かれなかっただけなのでまたあの峠道を使ったら助からないとのこと。わたしとAさんはあれ以降廃墟へ行くというようなことはしなくなったがKさんは未だに行っているそうだ。ただし、帰ったらお祓いに行っているらしい。