欲を捨てれば真理は見える

先日、ウルグアイの元大統領ホセ・ムヒカ氏が亡くなりました。

彼は大統領在任中、公邸には住まず、給料の大半を貧しい人々に寄付し、一般市民と同じ質素な暮らしを続けました。

その生き方から「世界一貧しい大統領」として親しまれましたが、彼の哲学が世界に広く知られるようになったのは、国際会議でのスピーチがきっかけでした。彼は大量消費社会を批判し、本当の豊かさとは何かを問いかけたのです。

 

このスピーチは日本でも翻訳され、書籍として出版されています。ホセ・ムヒカ氏を知らなかった方や、本当の幸せとは何かを知りたい方は、ぜひ読んでみてください。

今回、久しぶりにブログを書こうと思ったのは、彼の訃報を聞き、改めて彼の言葉に真理の普遍性を感じたからでした。

 

彼の言葉の中でも特に印象的なのが、

「貧しい人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、どれほど多くのものを持っていても、それに満足できない無限の欲を持った人のことだ」

これはまさに、私がこれまで何度も述べてきた「餓鬼道に落ちている人」のことを指しているのではないでしょうか。

 

宗教家でなくても、科学者でも、左翼思想家でも、唯物論者でも、どんな立場の人であっても、自分の欲を捨てて物事を見つめることができれば、同じ真理にたどり着くのだと改めて思います。

この気づきを得たことで、久しぶりにブログを書こうという気持ちが湧いてきました。

 

 

ちなみに、今年に入ってからほとんどブログを書いていませんでしたが、実は神様から

「おまえはもう、何もせんでもええねん。よけいなことはするな」

と言われていたのです。

(もちろん、神様といっても肉体を持った人格神ではなく宇宙のエネルギーなので、その波動が伝わってきたものを関西弁に翻訳しただけですが)

 

私もそろそろ人間界を卒業してもいい歳になったので、人のことよりも自分のことをしっかりしなさいという配慮なのだと思います。

まあ、「しっかりしなさい」と言っても、

「何もせず、何も考えず、ただ神のみを信じ、与えられたものだけを受け取りなさい」

という、だれもが行うべき真理にちゃんとしたがいなさい、というだけのことなのですが。

 

実際、人の役に立ちたいとか、真理を伝えたいといった欲を捨て、自発的な行動をやめ、目の前に与えられたことだけに徹するという生活に変えてから、何不自由のない幸せな日々が続いています。

幸せしかない日々、と言ったほうが正確かもしれません。

 

それは日々悩みやストレスを抱えながら生きている人たちに、何もしてあげられず申し訳ないという気持ちすら湧いてくるほどですが、結局、【すべての悩みや苦しみは、神(真理)に従わないことから生じる欲が原因なのだ】と自分で気づくしかないんだろうなと思い納得しています。

 

ホセ・ムヒカ氏はこうも言っています。

『わたしたちは発展するために生まれてきたのではない。幸せになるために生まれてきたのだ』

にもかかわらず、大半の人は、自ら不幸の種ばかりを一心不乱に集め続けるんですよね。

人間の業というのは悲しいものですね。