「わたしは不幸だ…」
「自分は不幸な人間だ…」
「わたしは卑怯者だ…」
「自分は駄目な人間だ…」
などと
思うことがよくあったが
これは間違った表現だった
自分は
卑怯な言動をすることがある人間だ
自分のこころの中には
「自分は不幸な人間だ」
という想いがある
という表現が適当だった
たとえば
水はどんなに濁ったとしても
H2Oのままだ
水に
泥が溶け込もうと
絵の具が溶け込もうと
植物プランクトンや生き物が住んでいようと
水はいつだって
H2Oであり続けている
人間のいのちだって
どんなにネガティブな思考があっても
どんなに悪質な言動をしたとしても
いのちはいのちある限り
いのちの営みを続けている
自分は駄目な人間だ…
という想いが
こころの中に湧きあがり
こころを支配しているときでも
いのちは一瞬一瞬
休むことなく
いまここでいのちを刻み続けてきた
今朝は
この秋一番の冷え込みだっただろうか
紫陽花は
こごえていたかもしれない…
もし
季節外れに咲く紫陽花が
不幸だとしたら
それは人間のこころが
そう思っているからなのだろう
いまここで一瞬一瞬を
たしかに生きている
という
いのちのよろこびを
真心でかんじていよう
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これまでの
あいとまことの熊野移住の道のりは
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あたたかく
愛に満ちた毎日でありますように. *゚♡
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