追憶の夜行列車
大井川鐵道 「臨時夜行急行 南アルプス51号」
「夜行列車」ー もう今ではあまり聞く事がなくなったが、日本旅行が旧型客車をいくつか保有している大井川鐵道を使って「昭和の夜汽車」を復活運転するという。
高校2年の夏休み、青春18きっぷを使って京都から夜行鈍行列車 「山陰」で出雲市まで旅した思い出がある。
あの頃のノスタルジアを感じたくなり、企画に参加する事に。
5月13日
19時頃、東海道本線から大井川鐵道への乗り換え駅である金谷に到着。
先程からの雨が少し身体を濡らす。
次の駅、新金谷への電車を待つうちに、いかにも
鉄道ファンのような人達が集まりだす。
1両編成の電車にかなりの乗客を乗せ、新金谷着。
駅近くの施設 「プラザ ロコ」にて受付。
ホームに行くと、「南アルプス51号」は入線していた。
牽引機関車は大井川鐵道で古参の電気機関車 E-10型
前後のデッキに風格がある。
車両は前から3号車(スハフ43)、2号車(オハ35)、1号車(オハフ33)となっている。
車色は3号車が青地に2本のクリーム色のライン。1、2号車は昔懐かしいエビ茶色である。
私の席は3号車の4A.
この3号車のスハフ43型は、かつては東北本線の特急「はつかり」で使用された。

「はつかり」のディーゼル化で急行用となり、その後は全国を転々とし、晩年は四国で使用されていた。
かなり貴重な車両なので、現在は日本ナショナルトラストが所有し、大井川鐵道で動態保存しているという。
特急で使用されていた頃は、座席は一方向に固定されていたが、今ではボックス状態に固定されている。
雨をさけながら、指定の車両に乗り込む。
向かい側との座席の間隔はかなり狭いが、シート自体は適度な傾斜があってゆったりと座れる。
ナショナルトラストなどの関係者の方々の努力で、外観、車内は綺麗に保たれている。
しかし、さすがにモケットの疲労は隠せないようだが。
19 : 45分、「南アルプス51号」は新金谷を発車。
「ボーッ」という哀愁をさそう汽笛の後にガタンとと動きだす感覚は、まさに「昭和の汽車」そのものだ。
そして、懐かしのチャイムと共に車掌の案内放送が入る。
日本旅行が前回この旅行を企画したところ、利用者から好評だったのて、今回のプランとなったのだが、現在大井川鐵道は台風の影響による土砂崩れのため、家山から千頭までが不通となっている。
そのため、今回は新金谷と家山間で3往復し、機回しや機関車交換を行う。
外の雨粒が窓をうつ。
踏切で待つ車のヘッドライトや点滅する赤ランプに水滴が光る。
やがて、最初の停車駅・神尾に着く。
車掌から案内があり、長時間停車のさいには車両のバッテリー保護のため、車内灯を消灯するとの事。
何人かは車外に出る。
座席の間隔が狭いので、私も外に出て足を伸ばす。
神尾を出て、約15分程で中継駅の家山に到着。
ここで第1回目の機回しと方向転換を行う。
乗客のファンの人達が撮影のため車外に出る。
E‐10型が切り離され、前方のポイントを超えて進行方向前に。やがて逆進して切り替えられたポイントを通過して、ホームの反対線を走り抜け停車。
そしてゆっくりと最後部の車両に連結。
今度は1号車が先頭になり、新金谷に向かう。
21 : 35分、家山を発車。
そろそろお酒が欲しくなり、浅草の神谷バーで購入した「デンキブラン」の栓をあける。リズミカルな車輪の響きと客車独特のゴトゴト揺られる中で飲んでいると、夜汽車独特の、言葉では表せない感覚に
夜もふけてくると、踏切のカンカンカンという音が一瞬で抜けて行く。ドップラー効果音というのだろう。
途中、福用に停車して、22 : 12分に「南アルプス51号」は出発駅の新金谷 到着。
ここで機関車が交替。
西武鉄道から移籍した E - 34型が反対側に連結。
再び3号車が先頭になる。
最初の受付をしたプラザ・ロコで「夜食弁当」ともみ出し茶を受け取る。
ここで食べてもいいのだが、やっぱり汽車に揺られながら食べたい。
車内は室内灯が消されているので、発車を待つ事にする。
あの頃、「山陰」に乗車した時には深夜の福知山駅で、大阪発の急行ブルートレイン「だいせん5号」と並んで停車した時には、リヤカーを使った駅弁販売があった。
今となっては、懐かしい思い出。
どうやら雨も少しあがったようだ。前方の信号機が構内を彩る。

23 : 25分 「南アルプス51号」は家山に向かって発車。
車掌からの案内放送。
「夜もふけてきました。緊急時を除きまして、明朝まで放送を中断させて頂きます。」
車掌さん、本当にお疲れ様です!
夜食の封をあける。
大井川鐵道で評判の「ふるさと弁当」だ、
竹の容器に入れられた中味は、おにぎりと卵焼き、唐揚げ、煮物など。
この後、合格、大和田と停車して、家山へ。
2往復目の行程に入る。
お腹も満足になると、デンキブランの酔いも加わったせいか、知らないうちに眠ってしまったようだ。
しばらくして、目をあけると列車は先程とは逆向きに走っている。
家山駅で折り返したのだ。
なんだか、何度も方向転換を行う列車となると昭和60年に廃止された東京 ~ 紀伊勝浦を結んだ寝台特急「紀伊」を連想する。
名古屋と亀山で二度の方向転換を行ったが、何も知らない乗客は、寝ている間に列車が今までとは逆の方向に走っていると「えっ?」と思っただろう。
日付けが変わって14日の0 : 10分、E - 34型牽引の「南アルプス51号」は新金谷に到着。
ここでE ‐ 34型は任務終了。再度E - 10型にバトンを渡す。
この後、時間調整のため、2時間40分の長時間停車に入る。
仮眠をとるには、いい機会だ。
E - 10型もパンタグラフを降ろし、しばしの「眠り」につく。
座席に座って目を閉じると、瞼の裏に過去の夜汽車が浮かび上がり、消えていった。
「山陰」 「はやたま」 「きそ3・2号」 「かいもん」 臨時特急「金星」 「津軽」 臨時急行「天の川」 ・・・
ー 我が記憶の夜汽車たちに捧ぐー
夜のとばりが降りる頃、列車に乗り込み
過ぎ行く街の灯りや踏切のドップラー音をききながら眠りにつく。
そして翌朝、リズミカルな車輪の音で目を覚ますと、そこはもう見知らぬ街。
車内が明るくなり、3 : 50分 発車。
これから神尾、福用、家山と停車し、折り返し大和田、神尾、合格から新金谷へ、最後の1往復に向かう。
外が少し明るくなるが、まだ眠っている乗客も多い。
福用に到着の頃には周りがうっすらと確認できる。
車窓右側には広大な大井川が姿をあらわす。夜明けが近づいてきた。
4 : 58分、家山到着。機回しもこれで最後だ。
ここでも1時間近く停車するので、目覚ましの散歩といく。
夜もすっかり明けた。雲行きはあやしいが、まだ雨は降っていない。朝の空気が心地よい。
こんなフィーリングも久しぶりに感じた。
忘れかけていた夜行列車の醍醐味だ。
家山駅と大井川の堤防に挟まれた公園やその周りは、沿線では桜の名所として知られている。
春になれば、淡いピンクの花びらに彩られながら、SL列車などが駆け抜けるのだろう。
5 : 45分、家山を発車。「終着駅 新金谷」へ。

家山川を渡り、しばらくすると大和田に停車。
右側には間近に大井川が見える。
ふと奥の山々をみると、雲のような霧が霞のように木々に覆いかぶさっている。
まるで、水墨画のような風景だ。
これは晴れていれば見られない景色であって、「雨の神さま」も粋な演出をするものだ。

合格駅に停車中に雨がおちてきた。
まるで、「惜別の雨」のように。
「長らくのご乗車お疲れ様でした。本日は臨時夜行急行、南アルプス51号 にご乗車いただき、ありがとうございました。
まもなく終点の新金谷に到着です。お出口は左側です。
お降りのさいには、お忘れもののないようにご注意下さい。」
車掌の最後の放送が入る。いよいよ約11時間の旅のゴールだ。
雨の中をゆっくりと新金谷駅の構内へ入って行く。
6 : 57分、「終点」 新金谷に到着。
名残惜しさを感じながら、列車を降りる。屋根付きのホームまで移動して、車庫に引き上げる列車を見送る。
南アルプス51号へ。
懐かしい追憶への旅をありがとう!
7 : 15分の電車に乗り、約5分でJR乗り換え駅の金谷に着く。
大井川鐵道には、まだまだ魅力ある列車や場所がある。次回訪れるときは、全線復旧した日に。
その際には、SL列車や南アルプス・アプトラインにも乗ってみたい。
そんな事を思いながら、JRの電車で雨の金谷駅を後にした。
最後まで読んで頂き。ありがとうございました。













