夕べの(9月8日)の中日新聞の夕刊に
俳人金子兜太(とうた)氏が載っていましたね。
前回、このブログの2013・3・31NO51で
ラジオを聞いて1919生まれだから
生まれながらにして一句一句と俳人ですと
言われて、又その他にも
話されたことがステキで感心したこと又、人間は
いつ頃、御他界すればいいのか等とブログに
のせましたが、な、なんと!又ドジをしましたー!
朝4時のラジオとはいえ「金子」を「鈴木」と
うっていましたー。
眠い状態でベットの中で聞いているとはいえ
いや~~、今日の今日まで鈴木さんと
思い込んでいたのは何故だか?もし、その時の
ブログを憶えていらっしゃる方がみえましたら
あい、すみません。
鈴木さんではなく、金子さんですので、、、、、。
夕刊を取っていらっしゃらない方の為に
その記事は、「銀座でデモを見た女性(73)が詠んだ句の
「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」とゆう句が
選ばれながら三橋公民館の月報の俳句コーナーに
掲載拒否された」とゆうもので、その件に関して
金子先生が「掲載拒否は言葉狩り」だと意見を
述べられているのでした。
先生が戦地のトラック島を離れる時に詠まれた句は
「水脈(みお)の果て炎天の墓碑を置きて去る」と
ゆうものです。
吉沢久子さんにしても、一つ年下の金子先生にしても
戦争の体験者ですから、
戦争は二度とあってはならないとゆう思いが
お強いのですね。
金子兜太先生はラジオのお声を聞いて想像していた
通りのお顔の方でした。
好感度100%です。
今日は一日中、秋晴れの爽やかな日でしたね。
多治見の実家の草刈りに行ってきました。
といっても家の周りではなく
空地の方です。
2,3年前までは、この辺では見かけなかった
セイタカアワダチソウが我物顔に繁殖していました。
どこもここも空地には、この外来種が生き生きと
伸び放題伸びています。
うえの状態から↓このようになりました。
我ながら、よくやりましたー。
でも、まだまだアカシアの木とか
伸びていて、全く植物の生命力の強さには
とても、このばぁばは立ち向かうことはできません。
ヘトヘトの4時間でしたー。(x_x;)