こんにちは、橋本法子です。

 

最近数学者が気になる〜と前のブログで書いていましたが、神聖幾何学も気になっていて、よく考えたら「幾何学」だからこれも数学なんですよね。

 

私はもともと紋(家紋とか)や紋様も好きで、ちょっと前に「背守り」というものがあると知り、本を読んだら麻の葉ってそのまま神聖幾何学だし・・・。

 

折り紙や折型も好きなんですけど、折り紙もユニット折り紙というジャンルがあります。


私はこのユニット折り紙、多面体折り紙が好きで、みてるとすごく何かが整うし折ると瞑想っぽくなります。





これらも多面体だから、数学に関連している〜。


 

そんな感じで、今数学が来てるのですが、「数学する身体」という本がとっても良かったのですよ。



 

ここで出てくるチューリングが格好良くて・・・。

 

岡潔が最高で・・・。

 

 

ここで数学と建築=身体化の話が出てきますが、ここも面白い。


つまり人間と環境(外部)が入れ子のように密接に関わりあってるのですよね。

 

 

そして、つい最近読み終えた山極さんと中沢さんの対談本「未来のルーシー」、これが数学を始めとする今興味あることと繋がっていてすっごく面白かったです。



 

日本人の持つ感性がこの本の大きな軸になっていると思いますが、すごくスピリチュアル。

 

私があって、対象(外部)があって・・・というような構造ではなく、私と非私はどちらでもあるし、どちらでもない・・・というような、内も外も、はっきり境界線がなくて繋がっていて、でもインターフェース、両者が出会う場はある。

 

このインターフェースを、細胞膜のようなものだと考える学者の方がいてますが、私もそう思います。

 

完全に外部ではないけれど、膜を通して外が感じられる。


通すのものを選択できて、出したり入れたり、交換が行われる場。

 

日本の昔の家屋も、障子や襖や縁側が膜っぽい。

完全に内と外を分けない。


 

そして、例えばHSPの気質を持つ方、巫女系の方は、この膜がとっても薄いのかも〜と思います。

 

膜が薄い、もしくは通す穴の数が多くて、あれこれなんでも通しやすい気質という感じ。


 だから人や場の刺激を、他の人より細かく大きく感じてしまうのかと。



話は飛びましたが、「未来のルーシー」と「数学する身体」で感じたことを備忘録的に書きました。まだまだ書き足りないが。


道具と人間が同化している話や、数学の記号が昔は認識されていなかったこととか、この辺は神聖幾何学への理解に繋がっていると感じます。



今日はこのへんで。


では、また〜!