やろうとしたことが、今日もやはりできなかった。
しかも、それはやらなければならないことだ。

それをやることをなんとなく先延ばしにし、違うことを何となくはじめてしまうから、肝心なそれができずに一日が終わる。そんな一日が積み重なって一週間が過ぎ、そんな一週間がつづいて一か月が過ぎ、何か月も(何年も?)ずっとこの調子がつづく。

これはむなしい。しかもこのことを一日中ずっと気にしているから精神的につらい。やらなかったという罪悪感、今からやらなければというプレッシャー(面倒で億劫な気持ち)。さらに、降り積もった結果としての悪い現状への嫌悪。ひどいものだ。

やるのはすごく嫌なのではなくて、ちょっと嫌程度。にもかかわらず、相対的にましな他のことを選択していしまう。その時は、ちょっとだけだから、などの理由でいつの間にか気がそれてしまっている。

結局、やるべきことはやらずにやらなくてもよいことの方にある程度の時間を費やす。その結果、やろうという元気は違うことをやったあとではことさら減っている。やるべきことをやらないであろう可能性はどんどん増幅していく。(これも幾度となく経験してきた。)

目先の利益のみが見えている?後の利益との兼ね合いが一緒に感じられない。大丈夫な気がしている。

じたばたして、それを解決したいと思っている。でも、GTDを導入するだけでは解決しない。
(いつも本当に大事なことから離れて遠巻きに外堀を埋めることをしている気がする。)

むしろ、ちょっとしたことが解決のために大事かもしれない。
元気のあるその時に少しでもよいから手を付ける。これに限ると思う。それで、ある程度やってみて本当に嫌なら、違うことをやっていいと割り切るのはどうだろう。

どちらを選ぶか?今やりたいことではなく、後まで含めてやるべきことを選ぶべき。そうしたことを直感で分かるよう鍛えるべきか?

それとも頭で考えた人工的なに判断方法をつくるか?例えば、後回しにすることでどの程度嫌なのかを10点満点にして評点をつけ、つまり、それをあえてやることのいやいや度を評価すして、今やるのが嫌と比較すると・・・・

、と考えたところで、後に関するものを自分は利益とそもそも感じてないのか?後ろ向き同士を考え合わせるから、今しょぼくてもプラスをもってちょっと輝いているどうでもよいことを選んでしまうのだと思う。