3月11日、生まれ故郷である福島県の会津若松市にいました。

今年は必ずと心に決めて。

雲の上はいつも青空-0311の旅 208copy.jpg

鶴が城を会場として復興イベントが開催されました。

雲の上はいつも青空-0311の旅 217.jpg

太鼓を皮きりに民謡や彼岸獅子などの伝統芸能が披露されて。

雲の上はいつも青空-0311の旅 234.jpg


雲の上はいつも青空-0311の旅 255.jpg
午後からは鎮魂のセレモニー、被災地から会津に移住している小学生たちのメッセージが読み上げられます。

雲の上はいつも青空-0311の旅 256.jpg
遠く原発から離れて、大人になったら復興の仕事をするんだ、いつかきっと故郷に帰るんだ、と澄んだ瞳で語る子どもたち。


これからどんな現実が待っているのだろう。

私は何をすべきなんだろう、繰り返し繰り返し自分に問いかけています。


 私たちは、科学技術の力を過信することなく、自然の持つ力の大きさをもう一度しっかりと心に刻み、全ての人が安心して暮らせる社会づくりを進めていきます。

 そして、二度とこのようなことが起きないよう、県内の原子力発電所を全て廃炉とすることを求めながら、再生可能エネルギーを推進し、原子力に頼らずに、発展し続けていくことができる社会を目指します。

 今、全世界の人がFUKUSHIMAを見つめています。私たちは、地域の発展と地球環境の保持が両立できる新しい社会の在り方を、さらに、そこに暮らす人々が共に支え合い、地域の文化や誇りをつないでいくことの大切さを、復興していく自らの姿をもって、世界に示してまいります。

 ふくしまが選んだ道は、決して平坦な道ではありませんが、県民は、すでに前を向いて立ち上がり、歩き始めています。県民が心を一つにして、この困難に立ち向かってまいります。

「私たちは必ず、美しいふるさとふくしまを取り戻します。

 私たちは必ず、活力と笑顔あふれるふくしまを築いていきます。

 そして私たちは、このふくしま復興の姿を世界へ、未来へと伝えます。」



災害発生から1年を迎えた本日、これを「ふくしま宣言」として、全世界の皆さんにお誓いいたします。


2012年3月11日

福島県知事 佐藤雄平
3.11ふくしま復興の誓い2012「ふくしま宣言」



2011年3月11日午後2時46分。

あの日、あの時を迎えるまで、このふくしまの姿を誰が想像できたでしょうか。
大地震、大津波は、多くの尊い命と穏やかだった私たちの暮らしを、非情にも奪い去りました。
原子力災害は、美しいふくしまを一変させました。
さらに、風評被害は、地域の活力を奪い、私たちの心までも深く傷つけました。


 この1年、福島県民は、深い悲しみや悔しさを抱えながら、ある人は、住み慣れた土地を追われ、ある人は、少しでも元の暮らしを取り戻そうと汗を流し、またある人は、家族離ればなれの生活を選びました。そして、見えない放射線への不安とも闘いながら、それぞれが必死に毎日を生き抜いてきました。

 これほど厳しい状況にあっても、取り乱すことなく、地域のきずなを大事にしながら、一生懸命頑張っている県民の皆さんを、私は誇りに思っております。200万県民一人一人の努力と温かい心に、深く敬意を表します。

 全国、そして世界の皆さん、これまでの、心のこもった数え切れない御支援に、福島県民は大いに助けられ、励まされ、勇気をいただきました。改めて、心より感謝を申し上げます。

 皆さんの支えと県民の努力があって、このふくしまにも、今ようやく復興の芽が出始めました。

 この小さな芽を、私たちみんなの手で、しっかりと大きく育てたい。そして、やがて大きくなったその木の下に、笑顔あふれる子どもたちが集まる、そうしたふくしまを、私は創っていきたいと考えています。


 地震・津波という自然災害に始まり、原子力災害さらには風評被害、人類がこれまで経験したことのない、このような多重の災害が、なぜ起きてしまったのか、私たちはしっかりと考えなければなりません。

「自然の脅威に対する十分な備えができていたか。」

「科学技術の力を過大に評価していなかったか。」

「原子力を扱うことの難しさと正面から向き合ってきただろうか…。」

 これらの問いの中に、未来への大切な教訓があるはずです。



二部に続く。