意識と無意識の乖離は恐怖幼い頃から意識して行動する事を否定され続けて育った私が今日思うことは姉と母親に現実を。私の陰口を言い、私を否定し、姉と母は生き甲斐を見出している。心が弱い人が集まりより弱い立ち場の人間の陰口をたたけばその場は満たされる。が後の彼女らの心は空虚そのものでその空虚を埋めるものは信仰宗教の厳しい教えをキチンと守る事。表面的なサディズムは絶対的なMだと思う。