遠くで馬の蹄の音が聞こえる。立ち込めていた霧がすうっと開け、眼前に毘の旗印が翻っている。むむ!! そんな馬鹿な??思わず信玄は我が目を疑った。目の前にいるはずの無い上杉軍が突如、出現したのだ!勘助め!!しくじりおったな!! 御屋形様!! 申し訳ありませぬ!! 啄木鳥戦法見破られました!!勘助は青ざめた。
昨夜のうちに別動隊12000人を妻女山に向かわせ上杉軍に奇襲攻撃をかけて、逃げ落ちてきた上杉軍を此処八幡原で迎え撃ち、鶴翼の陣にて待ち構えて一挙に一網打尽にする目論見は、ここに潰えた。いざ!!信玄!覚悟!!猛将・柿崎景家を先陣に次から次へと怒涛のように押し寄せては次の部隊に入れ替わる謙信・必殺の車懸りの陣による電撃法で武田軍の鶴翼は次々と乱れ打ち崩されていく!!!
こんにちは!!アルプス・ハリーです。突然こんなスタートで失礼します。
上文は、歴史ファンならお馴染みの第四次川中島合戦の一場面です。
近年になり、ある歴史学者の説によれば、この第四次川中島合戦は、全くの偶然で前日に炊き出しの煙が異常に多かった事も信玄が敵に悟られるほど油断していたとは考えにくく、謙信が武田軍の行動を見抜いたかは疑問点があります。
又、妻女山の狭く険しい山道を果たして12000人が悟られずに奇襲出来たでしょうか?重武装の鎧兜に馬上での進軍はかなり困難であり現実的に不可能では?? 謙信が妻女山を下ったのも全くの偶然で全てが予期していない事で、濃霧に覆われた八幡原から善光寺に撤退しようとしていたら、目の前に武田軍が現れて、いづれにせよ敵中突破しなければ善光寺に戻れないので、上杉軍と武田軍の全軍が必死に戦い、史上まれに見る遭遇戦から大激戦になってその死傷者の割合は4割程度にまで膨れ上がったのでは??
歴史の真実はいつの時代でも誇張されがちで後世の人が物語的にフィクションを挿入したかも知れません。それが又歴史を魅了させる要因にもなっています。 歴史って本当に面白いですね!!


