チキン弁当が御褒美だったあの頃
ブログネタ:○○弁当といえば? 参加中東日本大震災。当日は小生もほぼ震度5強~6弱に相当する揺れの中で本棚や冷蔵庫を押さえるのを諦めもう笑って覚悟を密かにしたものでございます。数日後上野駅を通りかかりますと薄暗い中で地平第三ホーム(16・17番線)には何時動くとも知れない勝田区651系電車11両が消灯のまま留置しておりまして・・・未曾有の大災害ここでまた実感致しました。その上野駅に勤めておりました頃月に一度か二度自身への褒美の様な心持で買って食べておりましたのが日本食堂「チキン弁当」でございます。チキンライスに鳥の唐揚が乗りまぁ日食の弁当としては子供さんにも大人にも人気のございましたものでして実は東京駅などでも販売されておりましたが小生は上野駅販売のものしか食べてございません。昭和55~60年当時まだ「ほか弁」は上野駅周辺には無くもっとも未だ珍しい存在でございましたなのでその頃の上野駅柵内外を問わず上野駅で弁当と言えば「幕の内」「とんかつ」そして「チキン」が上野駅三大弁当メニューでございました。数年前「復活」してウチの伊豆守(もと日食勤務)が買って参りましたがやはり懐かしい味でございました。中学2年生の頃同じ日本トレインクラブの同級生チームの仲間と共に始発列車の新京成電車に飛び乗り上野発05時55分発常磐線普通・仙台行第221列車・・・電気機関車EF80形式が牽引致します客車列車で編成は在来型一般客車と荷物車この出発時刻には弁当売店も開いておりまして「チキン弁当」を買い込み学校の昼食と致しましたものでございます。←在来車の車内はこんな感じです。この常磐線第221列車に乗りまして北海道へ向かった事がございます確かこの時もチキン弁当を確保致しまして平(現・いわき)駅を過ぎて四ツ倉末次夜ノ森と進んで参りますと太平洋が車窓にそれは豪快に展開し草野以北は常磐線何と単線でして待ち合わせで停まる駅々で夏の海の潮風を感じてそれは御機嫌なものでございました。あの車窓をもう一度在来車のニス塗りで深い屋根のクロスシートに身を沈めて味わいたいものです。そうそう「チキン弁当」と言えば平成元年03月25日上野始発(上野始発基準=夜行)「会津ムーンライトエクスプレス」(往路は上野→郡山→会津若松→新津)で上野から朝食として積み込んだのがこの「チキン弁当」予想に違い参加者が少なくて残余が多くでたこの弁当途中深夜の郡山駅で「会津ムーンライトエクスプレス」を撮影していた鉄道ファンから御相談頂き「会津若松までの救済便乗」として数人を特認として御案内した際担当者が冷え切った「チキン弁当」を配付・・・←会津ムーンライトE。1989/03/26磐越西線。いや。そりゃ残ったら困るけれどが。皆様案外と喜んで食べていらっしゃる。それはそうでしょうね・・・当時としても珍しくなりました在来車夜行で「チキン弁当」ですもの。平成03年05月運行の「ドリーミンク・ムーンライトエクスプレス」(上野→水戸→仙台→山形→福島→上野)でも恒例となりました「朝食チキン弁当」は大量に搭載され乗務スタッフの某はこの運行中夜明けの美しい常磐線平~相馬~亘理間で「チキン弁当24個完食」の金字塔を立てたのでございます。(この彼、その後米沢駅で積載した牛肉弁当も10個ペロリでした。)←DムーンライトE。奥羽本線峠駅(旧ホーム)にて。ウチのイベント列車で特に在来車ですと「チキン弁当」は不可欠なもの・・・の様でございます。今度は「25個完食突破」いやいや今度も「常磐線夜明けの車窓でチキン弁当」堪能したいものですねぇ。