歌が聞こえる。
民謡か?
京都市営地下鉄烏丸線。
扉が開いた瞬間耳に入って来た。
混んでいる週末の車内。
乗車扉を背に右側の真ん中に進み、つり革に手をかけようとしたら、真下に座っていたサラリーマンが慌ててキャリーバッグを蹴りながら降りて行った。
出張で乗り換えに馴れてないのかな。
その姿を横目に、そこへ腰を下ろした。
16分音符で半音よりも深く1音を行ったり来たりするビブラートはどうやら、右側の出入口付近から、聞こえるらしい。
僕と、同時に入って来た人達が一斉にそちらを向いている。
反射的に目をやると、ほこりが絡まっている長い髭の老人がいた。
年齢は70前後だろうか。
痩せた体の服はボロボロで、手には大量のお菓子を詰め込んだ買い物袋と杖が頼りなくぶら下がっている。
みんなのリアクションは、言うまでもなく汚いものを見る目だった。
その大きなボリュームの歌の途中で話しかけている相手がいた。
ポールにつかまって立っているキャップを被った中年の痩せた長い髭の男。
顔が似ているので容易に息子だと、判断がつく。
また、痩せてて服はボロボロだ。
ところが様子が何か違う。
笑顔なのか苦しんでいるのか、わからない表情で落ち着きがない。
会話が聞こえて来た。
「このビブラートがええやろ?オブラートちゃうでっ。」
老人がそう言うが、息子は反応がない。
また、歌いだす。
そこだけ、ポッかり人が離れて行く。
各駅停車の車内では、扉が開閉するたびに、ビブラートと汚い目が繰り返し空気を型どっていく。
息子のつかまるポールの端の席が空くと、老人は買い物袋を下げたままの手で乱暴に座面を数回バシバシ叩き、小さな声でこう言った。
「ここに座ってな、歌っててあげるから、お利口にしてな。」
座った息子の頭を、老人が買い物袋のその手で、今度はそっと撫でた。
はっとなった瞬間、眉間の力が緩んだ。
障害を持つ息子を想って歌っているのだと。
周りには、そのやり取りがわかるはずもなく、老人が座面を常識はずれに叩いたせいで、女性達は怯えていた。
なんて迷惑で優しい歌なんだ。
音楽って結局、こうゆうことなんだと思う。
僕は、最寄り駅で降りて近くの階段を登った。
扉が閉まるまで歌は聞こえていた。
帰り道の夕焼けが恐ろしく綺麗で、まだ頭の中で聞こえてくる。
僕は、歌が好きなのかな。
今晩はギター片手に路上で歌を歌いに行くことにした。
今、近づいている大きな19号がくる前に。
まるで 台風のポッかり空いた穴の中に居るふたり みたいだったから。
よい夜を