6月に父が亡くなった。
以前からがんだったけど、高齢で 他にも色々悪く、入退院を繰り返し 病院のお世話になってたんだけど
5月中旬から急に具合が悪くなり
深夜に救急で病院に行き そのあと2週間入院し、さいごは本人の希望で在宅療養をしていたんだ
今はもう 痛みや不自由さから解放されたんだって思うと気持ちが救われるからそう思うようにしてるけど、もの凄く寂しくなった
私が乳がんになって実家に戻り 約4年たつのかな、乳がんになって良かった事は無いけど
父との時間が沢山持てた。毎日たくさん話しをした。わたしが病気にならずにあのまま東京にいたら 父との四年間の濃い時間は無かった
父とはいわゆる「がん友」みたいに二人で同じ不安を分かち合ったりもした
父はわたしを安心した環境で治療に専念させてくれ、いつもからだの心配をしてくれた。
わたしの手術に間に合うように腰が痛いのに千羽鶴をほぼ一人で千羽折ってくれた。
わたしの検査結果が良いと毎回凄く喜んでくれた。昔は取っ組み合いの喧嘩もよくしたけど。
チョコはるも本当に可愛がってくれた
留守する時はふたりのご飯を
時間になったら何グラムってちゃんとはかってあげてくれてた
忘れないように餌をあげる時間のメモまでしてた
いつもあげてる餌が無くて
急遽、間に合わせで買った時の餌。
チョコはるにあげる配合の割合を決めてマジックで書いてくれている
チョコはるのおもちゃや止まり木を作ってくれたり 敷き紙をケージのサイズに合わせてたくさん切ってくれてたり チョコはるに たくさん愛情を注いでくれた
父の遺影は
チョコがあたまに乗って、まんべんの笑顔の写真を選んだ。チョコは修正で消して貰ったけど(笑)
父の棺には チョコはるの羽も入れた。
親を亡くすってこんなに寂しいんだって思うけど、亡くなってからは毎日色んな手続きや届けや来客や、想像をはるかに越える忙しさで 仕事と両立しながらわたしはくたくたで、風邪引いたりジンマシンが出たり。
8月初旬に納骨に行ってきた
家の菩提寺は長野にあり、ここからだと7時間くらいかかる。とおっ!
わたしは この日本むかし話に出そうなお寺が大好きで 子供の頃は家族で毎年行っていた
誰でもそうだと思うけど
悔いの無いようにしようって思って接してたのに悔いが残る。
在宅介護をしてたのに 最期を父一人で逝かせてしまった。看取ってあげられなかった。
在宅になってからは
寝るときもそばで寝てたのに、ずっとそばにいたのにリビングでご飯食べたりしてるちょっとの間に父は亡くなっていた。
その日は仕事で
嫌な予感がしたわたしは「仕事行って来るから待っててね、急いで帰るから待っててね、絶対よ!」と念を押し、父も「うん」と頷いた。父は頭はしっかりしていたし。
約束通り、待っててくれたのに
わたしは父を一人で逝かせてしまった
人生で一番お世話になったのに。
死んでからじゃ親孝行遅い
生きてる間じゃないと意味ない
母と二人になってしまった。母は物忘れが進んでいる。大事にしないとね
チョコはるは、父が亡くなっても
何も変わらず過ごしている。それで良いと思う
父は亡くなったけど
父が植えた花や木が元気よく咲いた
これからもずっと咲く

ちょっとぼーぼう過ぎだけど…










