大学受験生活が17日に終わった。

今日、第一志望の早稲田大学文化構想部の結果が出た。残念ながら不合格だった。


夏休み中悩んで、結局蹴った立教大学文学部文芸思想専修の試験の結果は明日出る。
たぶん、無理だと思う。


昨日、昼頃に不安になって自己採点しない!と言い張っていたのにしてしまった。
立教は文学部と社会学部を受けた。どっちも自己採点したが、簡単だと思った社会学部の試験でさえ思うように点数が取れてなかった。

泣きすぎて今日はもう腑抜けのようになっている。第一志望の結果に涙も出ない。

「早稲田の受験権利を得る代わりに、立教は必ず受かること」これが、条件だった。
「ハイリスク、ハイリターンの戦い」と塾の先生は言っていた。

正直、受かると思っていた。過去問も7割取れていたし、何より推薦でもらえたんだから一般もいけるだろうと思っていた。


甘かった。甘すぎた。慢心しすぎていたことが、今になってわかった。
なんで誰も「もっと勉強しないと受からないよ」と言ってくれないんだ、とか、なんでみんな「受かるよ!大丈夫!」しか言わないんだ、とか思ってしまう。

でも、そんなのはいいわけで結局は自分が勉強しなかっただけだと思う。
わかってるのだ。ほんとのところ、自分は第一志望に見合うだけの勉強も、立教に受かるだけの勉強も、していなかったのだ。

「受験生らしくない」と知人に言われて「そうですねwwwww」と笑ってたけど、今考えればまさにその通りだと思う。


応援してくれた人がたくさんいた。
仲の良い友人3人は、唯一一般受験の私にいろんなことをしてくれた。お守りをくれたり、チョコレートをくれたり、愚痴を聞いてくれたり、励ましてくれたり、勉強の方法を調べてくれたり、きっとたくさん気を遣わせたと思う。この一年3人と過ごして楽しくなかったことなどなかったけど、きっと一言一行気を使ってくれていたと思う。

家族は、今年一年私を中心にして生活してくれた。
母は、私の受験のためにいろんなことを調べてくれた。受験制度からお金のことまで色々考えて、私のことを全力で応援してくれた。
「受かるよ!」と一番言ってくれたのは母だった。今日だって「じゃあ26日(併願した早稲田文学部の合格発表)にかけるしかないね!」なんて、笑いながら言ってくれた。
結果が出る前から言いたくはないけど、たぶん、ダメだと思う。

父は、私に推薦で立教を取って欲しかったと思う。「自分は受験に対する知識は何もないから」と結局父は私の決断を優先してくれた。立教に落ちてしまった、と伝えたらきっと慰めてくれるだろうが私は何も言えない。

妹には、辛い思いをさせたと思う。毎晩家族で揃って食事と会話をする食卓で、今年一年は私のことと受験のことしか話さなかった。
妹は、部活や学校生活で辛いことや嫌なことがあってそれを話しても流されてしまう。私の方が優先だからだ。
それでも、最終受験日にアイスを買ってきてくれた。お小遣いの中から自腹で。私に。すごく美味しかった。

学校の先生、塾の先生、母の会社の同僚の人、受験が終わっても応援してくれた友達、憧れの先輩……

私は、誰の期待に応えることもできなかった。

結果が出る前からこんなこと言うのは良くないとわかっているが、どうしても気持ちの整理がつかないのでここに書いている。


昨日泣いてた私に母は「しょうがないじゃん。そりゃ、立教は入るって言う約束だったけど……」「大学っていうのは入ってから、何やるかが大事なんでしょ?」と言った。

母が言っていることは正しい。私にとっては救いの言葉だ。わかってる。
でも、第一志望にも立教にも受からなかった私を見て、母も父も絶対悲しんでいる。それを想像すると自分はなんてダメな人間なんだと思う。

大学受験はもちろん自分の人生のためにあるが、受験結果は自分の人生のためにこの一年、あるいは十八年間を支えてきてくれた人たちに恩返しできる一つの機会だと今気づいた。私は、恩を仇で返しているようなものだ。

行く気のなかった法政大学の合格証書入りの封筒が目の前にある。開けていない。
法政はセンター試験でも受かった。
法政大学が悪い大学じゃないのはわかっているが、私の学力は「法政止まり」そう言われているようだ。

今この記事を書いている間も心の隅で、立教受かるんじゃないかと思っている。誰か、誰でもいいから私の希望的観測を「無理だ」と言ってくれ。

こんだけ辛いのに、浪人する気もましてや自殺する気もない。
浪人は、できない。親はいいよと言ってはいるが、実際そんなお金家系を切り詰めて出すのだろうし、何より浪人したところでまたダメな自分が見える。


法政大学で、やりたいことができないわけじゃない。頑張れば入りたい企業にだって入るチャンスがある。

頭ではわかっていても、恥ずかしい。

あれだけ自信満々で受かるだろうと思っていた立教でさえ、受からなかった。
「あの子、立教の推薦蹴ったのに立教一般で受からなかったんだってー」誰かが絶対に言う。
そもそも「立教でさえ」と言う言い方がおかしいのかもしれない。立教は、十分難関校だ。私は阿呆だ。

恥ずかしい。第一志望の学部を受けた子は学年でたぶん四人くらいいる。みんな受かっていたらどうしよう。学校に行きたくない。
行けたとしても、友達にも先生にも合わせる顔がない。

結局、綺麗事を並べても自分が恥ずかしい。これに尽きる。

私は木曜日から、恥ずかしい思いでいっぱいの生活を送るのだろうか。
何もやる気が起きない。何を食べても美味しくない。ただ、ひたすらに恥ずかしくて辛い。

気持ちを切り替えたいし、本当に神様がいるのならこれから生まれ変わるから立教どちらか受からせてほしい。

こんなこと言って甘えてる自分も結局恥ずかしい。