大調和に向かうためにはね。
まず自分を大事にすること。
「自分を優先に」とよく言われるようにまず自分が幸せな状態にする。自分の機嫌をよくしておく。これはその通りだと思う。さらに「自分の直感に従ってみる」ことも大切です。
ただちょっと哲学的になりますが「他人も自分である」ということが根底にあればさらなる調和に進むのではないかと考えています。
なぜこれを書こうかと思ったかというと、これからみんなの意識なりが統合していくのだろうなと思うのと同時に、それに伴ってすごく苦しいとかネガティブさを一時的に感じる人達が出てきていると思ったからです。
ネガティブは悪いことではないよ。でもネガティブが続くと心なり体が持たなくなることもあるので、適度な刺激程度にしておかないとね。
今は二極化とよく言われてる中の片側の中でのさらなる分断をよく目にします。
今の時代で言えばよく「目覚めてる人」「目覚めてない人」ですね。真実を知っているか知らないかみたいな。ディープステイトがいるのかいないのか。スピリチュアル系なのかそうでないのか。いろいろな二極がありますが、私が思うに片側の分断、つまりこの中で例を挙げると目覚めてる人の中でさらに分断。スピリチュアル系の中での分断ということです。
いや、分断もまぁいいんです。いろんな意見が合って生き方もあるし。正しさなんてあってないようなもので何通りも存在します。
ただ私の懸念は「争い」「負の感情の抱え込み」です。
少し意見が違ったぐらいで、または予想外の人との付き合いがわかったぐらいで「なんか違う方向行ってしまったね」とか「変な人」「おかしくなっちゃった」とか言うのはどうだろうか、と思う。
私は基本、何でもいいと思ってる。だから思うのは自由。でもそれを心にしまっておけないというのはどうだろう。
私が最初に書いた「他人も自分である」というのは、相手のことを考えましょうとかではない。もちろん他人への思いやりはもちろん大事ですが、思いやりは自分へも向けてあげたいし、自分と他人を区別することでは本来ないのかもしれない。
一番忘れてはいけないのは「自分の人生の主人公が自分なら、相手の人生の主人公は相手である」ということ。
そして相手の人生の中の自分は脇役であること。
そう考えることができるならば「尊重する」ということは自ずと出来るはずなんです。そしてイライラしたりや落ち込んだりという感情がとっても減ります。自分を大事にするというのは、自分の人生の主人公は誰かという自覚を持つことで、相手にも優しく、理解し接することができるということなんだと思う。
もし優しく接することができない、やっぱりイライラするなどの感情が抜けないのならその人とは距離を置いたほうが良いと思う。どっちが悪いとかではなく、ただ離れるだけ。自分のためにも相手のためにも。
ただすぐには離れられないということもありますね。よくわかります。私は今その真っ最中(笑)←こういうときは(受け入れる)をします。
同じ志を持っていてもいなくても、相手の考えた生き方を認めてあげる、その選択を尊重するだけで、争いもなく大きな調和に向かっていくのではないかなと思っています。
と、真っ最中の自分にも言い聞かせてます(笑)