こんにちはオール接骨院の院長 大浦です。

 

患者さんとして知り合った、仙台出身の方で、息子さんが羽生結弦選手と同級生という縁があり

金沢からも羽生結弦選手を応援し、東日本大震災の復興を願うという趣旨で、

「羽生結弦君を応援する会」を立ち上げた方がいます。

 

その彼が、コツコツ積み上げた「羽ニュース」という名の情報誌が100号を迎えました。

 

結弦君がこれまで成し遂げた功績や活躍、そして北京オリンピックでの頑張りや、

結弦君の裏話など盛りだくさんの内容が詰まっております。

 

結弦選手もすごいけど、積み重ねた100号も金メダル級です。

 

お読みになりたい方は当院の掲示板に張り出してありますから、お気軽に足をお運びくださいね。

リビングで高校受験勉強中の娘が、私に質問してきた。

 

「皆既月食と新月の違いはなに?」

 

私は、「う~ん、いい質問だ。わかりません」と答えた。

 

娘は「皆既日食と新月の違いわからなくても、父さんのように幸せな人生を過ごせるんだね。」と返してきた。

 

幸せな人生を過ごしているのだろうと思われていることには嬉しさを覚えたが、

 

皆既月食と新月の違いが解ると、もっと幸せだよ。と格好よく返答したくて、また父親の尊厳を見せたいがために、

こっそり、違いを調べ、報告しようと娘に問いかけた。

 

すると、「もういいよ、兄ちゃんに聞いたから、ありがとう」

 

父親の威厳が崩れ去る瞬間とともに、娘の知識が一つ増えた。そして兄の威厳は高まるのであった。

 

私の皆既日食と新月の違いについての知識が増えて、また一つ幸せになれたことをここに報告いたします。

こんにちはオール接骨院の大浦です。

 

先日、治療中の窓から素晴らしいものを見せてもらいました。

小学校一年生が自宅の鍵を落としたらしく、パニックになり泣きわめいています。

 

そこへ通りかかった小学4年生の女児2人が、彼にやさしく声を掛けます。

 

戸惑う彼に彼女たちは状況を聞き取り、一緒に鍵を探すことを提案します。

 

彼は落ち着いたのか泣き止んで、3人で鍵を探し回ります。

 

私の治療中30~40分はずっと、彼の言葉を聞きとりながら、一生懸命に探し回ります。

 

治療の段取りがつき、捜索に参加した私は彼から状況を聞き取ろうとするもののすぐに結論を求めようとする

私の質問と彼の答えがちぐはぐとなります。

 

そこに4年生の一人が間に入って、彼から聞いた状況を私にわかりやすく説明してくれました。(私よりも大人)

 

探すこと数分、半ば小学校1年生の言うことですから「ここで落とした」と言われても周辺に鍵が見つからないことから

「ここには無いんじゃないの?ほかで落としたって可能性ないか?」と子供に聞くが、彼はここで落としたと言い張ります。

 

半ばあきらめながら探す私の行動に反して、4年生の2人は彼の言葉を信じ、一生懸命捜索します。

 

しかし、日も暮れてきて、周囲も暗くなり、捜索はタイムリミットを迎えます。

 

その日の夜、彼の言葉を信じ一生懸命探す彼女たちの行動に比して、自分の行動や言動に反省した私は

翌日に、彼の言葉を信用して探していた彼女たちを見習い、もう一度彼が言っていた場所を探すことを決意し

捜索開始。

 

すると、鍵は確かにその周辺の草場から難なく見つけることに成功しました。

 

きっと彼女たちの一生懸命さが発見に至ったのだろうと思います。

 

無事、鍵は一年生に届けられ、ついでに彼女たちの行動を知っていただきたくて、学校にも事のいきさつを報告させていただきました。

 

子供から学ぶこともたくさんあります。

 

殺伐とした世の中ですが、案外この世は思いやりであふれているのかもしれません。

 

オール接骨院の投稿を楽しみにしている皆様、今日は禿げネタやオチはつけておりません。

私の本当の姿が垣間見えてた優しさあふれる投稿になってしまいました。

これまで多くの私のファンの心を傷つけてしまうのではと思い

特定球団を応援するSNSでの公言を差し控えていたのですが、

気持ちが抑えられません。

公表いたします。 

 

          

ヤクルトスワローズ優勝 

ばんざ~い!すわほ~!

絶対大丈夫でした~

 

 

私を嫌いになってもスワローズを嫌いにならないで(笑)

オール接骨院の大浦です。

 

私は中年太りです。

 

身体が重く、走ると贅沢で培われた肉(贅肉ともいいます)がプルンプルンと揺れたことにショックを受けて

4か月前から減量を始めた。

 

自慢ではないが、現在10キロの減量に成功。

自慢ではないので、誰に伝えることもなく、しれっと減量した。

自慢ではないので、誰かに知って貰いたい訳でもなかったが、

 

誰も「あれ?痩せたね」なんて言葉は一つもないのです。

そうです。

 

誰も私が痩せたことなんて関心がないのです。

私の贅沢なお肉のことなんか興味がないのです。

 

ここで一つの考察が生まれた。

 

私は20代前半から少しづつ、少しづつ、髪の毛の量を減らし続けた。

 

この少しづつの変化は30年にも及び、現在の仕様に至っている。

 

4か月10キロの変化に気づかないのであれば、きっと30年の僅かずつの変化には誰も気づいてないのではないかと。

 

きっとそうに違いない。そうであって欲しい。

 

自信が確信に変わりましたという確証を得たくて

 

思い切って、妻に自分の頭頂部を指さし、

 

「俺のここ(頭頂部)どんな感じ?」と尋ねてみた。

 

すると、妻は一言

 

「産毛(うぶげ)が生えてる」

 

私の考察は無残にも崩れ去った。

 

唯一救われたことは「禿げてる!」と言わなかった妻のやさしさと産毛と表現するセンスに彼女の懐の広さを感じられた事だった。

 

自慢ではないが、皆に気づかれるようにもう少しだけ痩せようと心に決めた一日であった。